Scene4:死より辛い紅茶
廃教会に、月明かりが沈んでいた。
砕けたステンドグラスの隙間から差し込む光が、床に無数の十字を描く。
その中央――クラリッサは、まるで礼拝でも始めるように、静かにティーカップを傾けていた。
紅茶の香りが、血の匂いを押し退ける。
戦場のはずなのに、空気は優雅で、どこか狂っていた。
周囲を取り囲むのは“灰衣”――
かつてクラリッサの部下であり、今は彼女の命を狙う刺客たち。
「どうしたの? 動かないのかしら。まるで茶葉が蒸らされるのを待ってるみたいね。」
微笑みと共に、紅薔薇の紋章がクラリッサの胸で淡く光った。
瞬間、空気が歪む。
灰衣たちの体が、まるで時間の糸に絡め取られたように動きを止めた。
足音も息も――止まる。
しかし、命までは奪われない。
クラリッサはゆっくり立ち上がり、ティーカップを指先で揺らした。
「死に損ないには、死より辛い紅茶を。」
「ちょ、ちょっとお嬢様! それ出す店どこですか!? ブラックよりブラックじゃないですか!」
リリアの悲鳴が廃教会に響く。
「ふふ、期間限定メニューよ。二度と飲みたくないでしょうけど。」
囁くような声に、灰衣たちの心がひび割れていく。
紅茶の香りは、彼女たちが失った日々――“死神に仕えた誇り”を呼び覚ます香りだった。
一人、また一人と剣を落とし、膝をつく。
クラリッサはその中のひとり、かつて最も忠実だった副官の頬を撫でる。
その指は冷たく、けれど痛いほどに優しかった。
「死より長い贖罪を、生きて味わいなさい。」
沈黙の中、風が廃教会を吹き抜けた。
割れた窓から流れ込む月光の下、クラリッサの紅薔薇の印がひときわ強く輝く。
それは――命を奪わない死神の証。
“彼女は死を与えることをやめた――だからこそ、真の死神となった。”
リリアがそっとルシアンの袖を引く。
「……あの、紅茶、味見してみます?」
「やめておけリリア。あれは飲み物じゃなくて……戒めだ。」
その夜、廃教会に残されたのは、
血ではなく――深く濃い紅茶の香りだけだった。




