第五章 灰の夜の残党 Scene1:灰の記憶
――灰が降っていた。
雪でも、塵でもない。
夜霧に混じるそれは、かつて“死神協会”と呼ばれた組織の残骸だった。
瓦礫の上で、クラリッサは一人立っていた。
黒いドレスの裾に灰が降り積もり、まるで彼女自身が墓標の一部になったかのように静かだ。
その前で、男がひとり――〈暴食〉の名を持つ男が、焼け落ちた天蓋を背にして立っていた。
男の胸には、死神の印。
それが彼の手によって、自ら焼き潰されようとしていた。
「やめなさい、そんな真似」
クラリッサは一歩、灰を踏みしめる。
その足音さえ、崩壊した神殿の空洞に吸い込まれた。
〈暴食〉は微かに笑った。
その笑みは、どこか諦めと慈しみを混ぜたものだった。
「生きろ、クラリッサ。……お前は“死”を愛しすぎた。」
言葉と同時に、印が音を立てて焼け落ちる。
黒い煙が彼の腕を包み、次の瞬間には男の姿も消えていた。
灰だけが、残った。
クラリッサはしばし沈黙し、静かに目を閉じる。
涙は出ない。ただ、唇の端がわずかに動いた。
「愛しすぎたものは、必ず私を殺すのよ。」
その声は、灰よりも軽く、夜よりも冷たい。
――と、そこまで語りのように進んだところで、
夢の中の空間に湯気の音が混じった。
「……お嬢様、それ夢の中ですよね? なんでポットを出してるんですか?」
不意に背後から声がした。ルシアンの幻影だ。
夢の中でもツッコミが機能するとは、ある意味忠誠心が高い。
クラリッサは当たり前のようにポットを傾ける。
「悪夢にはカフェインが効くの。」
「そんな薬効ないですよ!?」
「あるのよ、精神的に。」
彼女は紅茶を一口啜り、薄く微笑む。
灰色の夢の中に、琥珀色の液体が揺れた。
それはまるで、生者の証のように温かかった。
遠くで、灰がまたひとひら、静かに舞う。
“灰の香り――それは、かつての仲間の匂いだった。”




