【Scene5】――紅薔薇の継承体
夜がゆっくりとほどけ、東の空が淡い金色を孕み始めていた。
クラリッサ邸のバルコニーには、朝露を含んだ冷たい空気と、紅茶の香りが漂っている。
クラリッサは、静かに湯を注いでいた。
金のポットから落ちる一滴一滴が、まるで過ぎ去った夜の血を洗い流すかのように静謐で、完璧だった。
胸元の紅薔薇の紋様が、かすかに光を放つ。
薄紅の光が彼女の白い肌を撫で、ゆらりと揺れた。
その輝きは、命の証ではなく――死を継ぐ印。
「……死んでもしぶといのは、前職の癖なの。」
微笑んで、カップを唇に運ぶ。
その姿はあまりに自然で、あまりに優雅で、そして――あまりに怖かった。
「お嬢様、それ……褒め言葉じゃないですよ……」
「ええ、呪いの方よ。」
ルシアンが小さくため息をつく。
リリアは背後で震えながら叫んだ。
「もう“前職”って言い方が怖いです!どんな履歴書なんですかそれ!」
「だって、死神は退職届を出せないもの。」
クラリッサが軽く肩をすくめた。
冗談のように聞こえるが、その胸に宿る紅の光が、それを“真実”だと告げていた。
紅薔薇がゆっくりと鼓動する。
それは、死神印の継承体としての“目覚め”の音だった。
クラリッサは朝焼けに染まる街並みを見下ろし、紅茶を啜った。
「……そろそろ、“協会の心臓”を叩く時ね。」
ルシアンは驚きもせず、静かに頷いた。
観察者としての彼の役目は、もう終わっていた。
クラリッサの背に、朝陽が昇る。
金の光が紅薔薇の紋を照らし出し、彼女の影を――まるで死神の翼のように長く伸ばす。
そしてルシアンは、手帳を閉じた。
それは、ただの観察記録ではなく、誓いの書に変わっていた。
《観察記録・再開:
彼女はもはや観察の対象ではない。
死神の名を継ぐ、我らが主君だ。》
カップの中の紅茶が、朝陽を映して煌めいた。
まるでその一滴に、終わりと始まり――“死”と“再生”が同居しているようだった。




