【Scene4】――紅薔薇の共鳴
【Scene4】――紅薔薇の共鳴
月光が滴るように降り注ぐ、宮廷庭園。
夜会の中心では、音楽と笑い声が満ちていた。
――だが、それはまやかしの幸福だった。
貴族たちの瞳が、次々と虚ろになる。
まるで夢の中を泳ぐように、ルスカの周囲を取り囲んでいた。
その妖艶な笑みと仕草は、まさに“欲望そのもの”。
〈色欲〉の使徒が、社交界を掌中に収めていた。
「美しいものは、支配されるためにあるのよ。」
ルスカが指を鳴らすと、花々が咲き乱れ、空気さえ甘く染まる。
その中心で、ただひとり――クラリッサだけが立っていた。
紅茶のカップを片手に、優雅に。
「香水のようね。その魅了、長持ちするけれど、鼻につくわ。」
「……お嬢様、魔力です、それ。」
「香水よ。魔力はもう少し上品に香るもの。」
ルシアンが頭を抱え、リリアが涙目で見守る中、
クラリッサは一歩、ルスカへと歩み出た。
扇子を閉じ、そのまま彼の頬に指先を添える。
「あら、あなたも死神の“遺文”を纏っているのね。」
ルスカの瞳が、艶やかに揺れた。
その瞬間――クラリッサの胸元が紅く輝く。
紅薔薇の紋様が、皮膚の下から浮かび上がる。
風が吹き荒れ、夜会場の花弁が宙に舞う。
幻想的なその光景の中で、クラリッサとルスカの“印”が共鳴した。
空気が震え、音楽が歪み、香りが甘く焦げつく。
まるで“死神”が舞踏会の主役に帰還したかのように。
「これが――継承体……!」
「ええ。死んでもしぶといのは、前職の癖なの。」
ルスカが一歩引いた瞬間、紅い光が弾けた。
魔力の奔流が夜会場を貫き、魅了された貴族たちが次々と気を失う。
その只中で、クラリッサは――なお、紅茶を傾けていた。
「お嬢様!?紅茶を置いてください!危ないです!」
「ええ、置くわ――あなたの勝利の上にね。」
「……何の話ですか!?」
ルシアンの悲鳴が月夜に虚しく響く。
だが次の瞬間、〈色欲〉ルスカの幻影は霧のように消え去っていた。
残されたのは、散りゆく紅薔薇の花弁と、淡く脈打つ紅の光。
クラリッサは静かに瞳を閉じた。
胸の紅薔薇が、ゆっくりと沈黙の鼓動を刻む。
「……死神の記憶が、目を覚ましたのね。」
紅茶の香りが夜風に溶けていく。
その香りは、血のように甘く、そして――どこまでも優雅だった。
観察記録(ルシアン・手記)
《観察記録・第二十四夜:
〈色欲〉との交戦。クラリッサ嬢の“死神印”が共鳴し、紅薔薇の紋様が出現。
戦闘中、終始紅茶をこぼさなかったのは奇跡。
もはや常識が通用しない。
……たぶん、死神そのものより恐ろしい存在になりつつある。》




