【Scene3】――〈暴食〉の影
夜の宮廷は静まり返っていた。
宴の喧騒が去ったあと、煌びやかな大広間の裏――厨房跡地。
そこには、ひとつの異様な静寂があった。
――人がいない。
食器も、料理も、椅子すらもそのまま。
まるで“人間だけが消えた”かのように。
ルシアンが足を止めた。
焦げた匂いでも、血の臭いでもない。
代わりに、鼻をくすぐるのは――上品な香り。
「……紅茶、ですか?」
「ええ。しかも、良い茶葉ね。」
クラリッサは、淡々と歩みを進めながら香りを確かめる。
足元の床に残る、細かな黒い粒。
茶葉のように見えるが、よく見ると――焼け焦げた肉片が混じっていた。
彼女は、ゆるやかに微笑んだ。
「あら、この香り……死を煮詰めたような濃厚さね。嫌いじゃないわ。」
「嗅覚どうなってるんですか!?!?」
「お嬢様、それ普通の人は逃げる匂いです……!」
リリアが泣きそうな顔で訴えるが、クラリッサは相変わらず平然としている。
まるで紅茶会で新作ブレンドを試しているかのような落ち着きだ。
ルシアンは、床に転がるスプーンを拾い上げた。
銀の表面には、奇妙な刻印――歪んだ口のような形。
“喰らう”ことを意味する、死神協会の〈暴食〉の印だった。
「……〈暴食〉が動いているのか。」
クラリッサは軽く首を傾げ、胸元の紅薔薇のペンダントに触れた。
その中心が、淡く赤く光る。
まるで何かに呼応するように――“死神印”が共鳴していた。
静かな夜の空気が、ぴたりと凍る。
紅茶の香りに混じって、鉄の匂いが漂い始めた。
「〈暴食〉も印を持っている……」
「協会の計画は、“継承者狩り”ね。」
クラリッサの瞳が、わずかに光を帯びた。
それは、死神としての本能が蘇り始めた証。
リリアとルシアンの背筋を、冷たい戦慄が駆け抜けた。
彼女の笑みが――あまりにも穏やかだったから。
☕観察記録(ルシアン・手記)
《観察記録・第十八夜:
宮廷厨房にて、召使い失踪事件を調査。
現場は紅茶の香りに満ち、クラリッサ嬢は“煮詰めた死”と評した。
リリアの正気が削られつつある。
〈暴食〉の印を確認。
死神印の共鳴により、彼女の瞳が一瞬、闇の色に染まった。
……報告文に“紅茶の香り=危険信号”と追記しておく。》




