【Scene2】――取引商人の死体
――王都の外れ、夜霧の降りる倉庫街。
昼は交易の中心地として賑わうこの場所も、今は静寂と腐臭に沈んでいた。
軋む扉を押し開け、クラリッサ・ヴェルフェンリートは月明かりを背に進む。
その足取りは、まるで舞踏会の帰り道のように優雅だった。
床の上には、一人の男の死体。
つい昨日まで彼女の“裏取引相手”だった商人――いや、情報屋だ。
顔は焼けただれ、手首には黒く焦げた紋様が刻まれている。
――“死神印”。
クラリッサは無言のまましゃがみ込み、手袋越しにその紋をなぞった。
瞬間、空気がざらりと波打つ。
印が脈打ち、赤黒い光を放った。
そして――彼女の脳裏に、過去の映像が流れ込む。
血の匂い。
闇の中で人々が跪き、彼女――“死神”が、手のひらで印を刻んでいく。
契約の代償は命。
そのすべてを、あのときの彼女は笑いながら受け入れていた。
「あら、懐かしい香り……死と紅茶の混ざった匂い。」
リリアが悲鳴を上げる。
「紅茶の比喩やめてください! 死体です! 本物です!」
「死体も紅茶も、温度管理が大事よ?」
「何を同列に語ってるんですかっ!?」
後方で控えていたルシアンが、額を押さえながら呟いた。
「……協会報告書に書ける気がしない。」
倉庫の片隅で、蝋燭がひとりでに燃え上がる。
クラリッサはその炎に照らされながら、ゆっくりと立ち上がった。
「“死神印”……生者と死者の契約を媒介する――そういう仕組みなのね。」
彼女の胸元に刻まれた紅薔薇の紋章が、静かに脈を打つ。
かすかな痛み。
それは、遠い誰かが彼女を呼んでいる証だった。
“この印、まだ“私”を呼んでいる。”
その呟きに、夜風がざわめいた。
まるで、闇そのものが彼女の言葉に応えたかのように。
観察記録(ルシアン・手記)
《観察記録・第十四夜:
彼女は死体を前にしても紅茶を思い出す。
死神印に触れ、過去の記憶を覗いたようだが――
本人のリアクションが“懐かしい”で済むのが異常である。
協会報告書の分類欄:
【危険人物】→【理解不能】に更新を検討中。》




