【第4章】死神の残響 「死んでもしぶといのは、前職の癖なの。」 【Scene1】社交界に忍び寄る“色欲”
――晩春の夜、宮廷の大舞踏会。
金糸のシャンデリアが百の光を放ち、絹のドレスが花弁のように舞う。
音楽も笑顔も完璧に磨かれた夜会。その中に、ひとりの“異質”がいた。
協会の七大使徒のひとり――〈色欲〉。
その名にふさわしく、男とも女ともつかぬ妖艶な容貌。
ルスカが微笑むたび、貴族たちの視線が吸い寄せられ、意志がゆっくりとねじ曲がっていく。
「――我が王太子殿下こそ、真なる王にふさわしい!」
次々と貴族が膝をつき、忠誠を誓う。
その場に流れる空気は、まるで上質な葡萄酒のように甘く、しかしどこか毒を含んでいた。
そんな中、ただひとりだけ、別の香りを放つ女がいた。
黒と紅のドレスをまとい、金のティーカップを片手に立つクラリッサ・ヴェルフェンリート。
その姿は氷と薔薇を掛け合わせたように優雅で――そして、近寄りがたいほど冷ややかだった。
彼女は、ワルツの旋律を背に静かにグラスを傾ける。
そして、軽やかに微笑んだ。
「あの魅了、香水のようね。長持ちするけれど、鼻につくわ。」
隣で控える侍女リリアが、思わず声を上げる。
「お嬢様、あれは魔力です! 強力な精神支配系の――!」
クラリッサは軽く肩をすくめ、唇を緩めた。
「香水よ。魔力はもう少し上品に香るもの。」
リリア(頭を抱える):「どっちでも危険ですから!」
少し離れた柱の影で、ルシアンはひっそりと観察を続けていた。
協会から派遣された監視役――だが、いまや彼の心は別の意味で揺れている。
(いや、どう見ても魔力です……確実に。香水ってレベルじゃないです……)
(というかこの人、ルスカと同じ“気配”を纏ってません?)
ルスカがクラリッサに視線を向けた。
艶やかな笑み。まるで獲物を見つけた猫のように。
「おや、あなた――面白い香りを纏っているわね。」
クラリッサは微笑み返す。
それは“死神”のような静謐を孕んだ笑みだった。
「ええ、少し古い香りよ。魂の淹れたて、というのかしら。」
ルスカの瞳が細められ、空気が一瞬、張り詰める。
見えない力が交錯し、周囲の蝋燭の炎が揺らいだ。
その時――クラリッサの胸に隠された紅薔薇の紋章が、淡く脈動する。
“死神印が……反応してる?”
彼女はわずかにグラスを掲げ、琥珀色の液体をゆらした。
それは、あたかも決闘の合図のように。
舞踏会の喧騒の中で、誰も気づかない。
この夜が、“死神”と“欲望”の再会の夜であることに。
観察記録(ルシアン・手記)
《観察記録・第十二夜:
クラリッサ嬢は敵の存在を前にしても動じない。
香水論争で魔族を論破する貴族など、聞いたことがない。
報告書のタイトルを「香水と魔力の違いについて」としていいだろうか。》




