【Scene 2】――毒味係、辞退される
朝日が差し込むヴァレンシュタイン邸の食堂は、まるで絵画だった。
金の縁取りが施された長いテーブル。
銀の食器に、ふわふわのオムレツ、焼き立てのパン、宝石みたいな果物。
香り立つ紅茶に、彩り豊かなマカロン。
……完璧すぎて、逆に怪しい。
クラリッサはナイフとフォークを手に取り、ゆっくりと目を細めた。
そして最初の一言がこれである。
「――食卓に罠を仕掛けるときの動線が悪いわね。」
「……えっ?」
横に控える侍女リリアが、手に持ったナプキンを落としかけた。
「見てごらんなさい。テーブルの中央から右端まで、料理の配置が微妙に不自然。
左側の皿だけ整っている。つまり、誰かが“右側から毒を仕込んだ”のよ。」
淡々とした口調でそう言いながら、クラリッサはパンをひっくり返す。
――特に何も出てこない。だがその冷静な動作が、逆に怖い。
「お嬢様っ! ま、まさか本当に……!?」
「ええ、本当に。“毒”を考慮せずに朝食を取るなんて、命知らずにもほどがあるわ。」
そう言って、クラリッサはフォークを器用に回し、マカロンを割る。
ぱきん、と可愛らしい音。
香りを嗅いで、即座に眉を上げた。
「……ラズベリーじゃない。これは“レッドロータス”。
神経性の遅効毒。発症まで三時間。食後の紅茶に混ぜるタイプね。」
「お嬢様!? そ、それは一体どこでそんなことを……!」
「前職が人減らし業だったの。今はお茶請け専門よ。」
「じ、人生の転職が激しすぎますわ!」
リリアは真っ青な顔で、すぐに毒見の準備をしようとする。
しかしクラリッサがすっと手を上げ、止めた。
指先の動作は、まるで舞踏会の誘いのように優雅だった。
「いいわ。あなたの命を無駄にする趣味はないの。」
「で、ですがお嬢様――!」
「“命令”よ、リリア。あなたが死んだら私の紅茶がぬるくなる。」
「……はい!?」
クラリッサは小さく笑い、紅茶をひと口。
ほんのわずかに、目を細める。
毒を含む紅茶を味わうその仕草は、なぜか絵になる。
「うん。悪くないわね。あと一匙、ミルクを足せば完璧。
――毒の苦味が隠れるから。」
「完璧ってそういう意味じゃありません!」
リリアのツッコミが響く。クラリッサは満足げに微笑んだ。
「あなた、いい声してるわ。これからも、たくさん驚かせてちょうだい。」
「そ、そんなお嬢様のサプライズは心臓に悪すぎます!」
テーブルの上には、朝日を反射して輝く紅茶のカップ。
その香りは確かに優雅で――けれど、どこか危険な甘さを含んでいた。
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章末モノローグ:
> “この屋敷の毒はまだ可愛い方ね。
社交界は、もっと致死量高めの笑顔でできているのだから。”




