【第3章 Scene4】――協会の命令、「彼女を誘導せよ」
夜。
宮廷の裏通りは、昼の煌びやかさを失い、闇と霧に沈んでいた。
馬車の車輪の音も、月の光すらも届かない。
そんな路地裏で、ルシアンは密書を受け取った。
――〈クラリッサ・レーヴェンスを利用せよ。
彼女の行動を“影使い”に伝え、奴らを誘い出す。〉
協会の封蝋が押された命令書。
その赤が、血の色に見えた。
(……利用しろ、だと? 彼女を?)
思わず拳を握る。
頭では理解している。任務だ。命令だ。
だが胸の奥では、紅茶の香りと一緒に、彼女の微笑みが離れなかった。
翌夜。
クラリッサはいつものように屋敷の庭園で夜風を楽しんでいた。
月明かりに銀糸の髪が揺れ、まるで幻のようだ。
彼女の横には、やはり湯気を立てるティーカップ。
(夜に紅茶を飲むの、やめる気はないのかこの人は……!)
ルシアンがそっと近づくと、彼女はふとこちらを見た。
「ルシアン。あなた、今日――目が揺れてるわね。」
「えっ……?!」
一瞬で見抜かれた。
(怖い。怖い。なんで分かるんだこの人! 心を読む魔法でも使ってるのか!?)
クラリッサは唇に指をあて、くすりと笑う。
「協会に、何か言われたのかしら?」
「な……っ、なんでそれを……!」
「勘よ。あなた、秘密を抱えると紅茶の香りが鈍るの。」
「そんなバロメーター嫌だ!」
「それで? 命令は何?」
クラリッサの声は柔らかく、それでいて逃げ場のない刃のようだった。
ルシアンは観念して告げた。
「“あなたを利用して影使いをおびき出せ”……それが命令です。」
クラリッサは少しだけ目を細め、静かに笑った。
「ふふ。協会も、相変わらず趣味が悪いわね。」
彼女は紅茶をくるりと回し、月光を受けて液面が鈍く光った。
「なら、利用される側も楽しませてもらおうかしら。ねぇ、ルシアン――裏切りの瞬間、あなたはどちらの側に立つの?」
その声音には、どこか試すような甘さがあった。
心臓が跳ねる。
(ちょっと待って、それ質問として反則じゃない!?)
ルシアンは何とか絞り出す。
「……俺は、護衛です。だから――あなたを守ります。」
「いい答えね。でも、護衛と裏切りは紙一重よ?」
「言葉のナイフやめてください!!」
クラリッサは楽しげに笑った。
その笑顔が、夜風にほどけて美しくも恐ろしく見える。
ルシアン・観察記録 七日目
彼女の笑顔が怖い。
だが美しい。
怖い。助けて。
協会より彼女の方が恐ろしい。
報告書を書く手が震える。




