【第3章 Scene3】――古文書の秘密と“死神印”
夜更け。
クラリッサ邸の書庫は、月明かりに照らされて静かに輝いていた。
古い羊皮紙の香りと、かすかな紅茶の蒸気――どちらも知識と毒の香りだ。
机の上には、協会の封印を破って持ち込まれた古文書が広がっている。
その表紙には黒い印章――〈死神印〉。
開くだけで空気が一段冷たくなった。
ルシアンはごくりと唾を飲み込む。
(お嬢様、お願いだからそういう物を素手で触らないで……!)
クラリッサは気にも留めず、白い指で古文書をなぞった。
「“契約と裏切りの瞬間に印は発動する”……ふふ、皮肉ね。」
彼女の唇に淡い笑みが浮かぶ。
紅茶をひと口。琥珀色の液体が揺れて、香りが夜気に溶けていく。
「裏切りがなければ、魔法も愛も動かないのよ。面白いわね。」
ルシアンは即座に立ち上がった。
「いや、面白くはないです! 全然笑えません!」
「そう?」
「“裏切り”を理論に組み込む魔法陣って、倫理的に破綻してますからね!?」
「あなた、真面目ね。……そういう人ほど裏切られるのよ?」
「ぐっ……!」
一瞬で会話が急所を突いてきた。
心の防御魔法が発動する前に、ルシアンの精神にクリティカルヒット。
(な、なんでこの人は平然と“裏切り”を人生のスパイスみたいに語れるんだ……!)
クラリッサは古文書を閉じ、指先でその印を軽く叩いた。
「死神印……前にも、見たことがある気がするの。」
「前にも……? まさか、あなた……」
「ええ、前世の話よ。」
ルシアン:「さらっと言わないでください!」
クラリッサ:「昔の私は、この印を……“渡す側”だった気がするわ。」
紅茶の香りの奥に、冷たい鉄と血の匂いが微かに混ざった。
しかし彼女の笑みは崩れない。
優雅で、どこか哀しい。
「ねぇルシアン。もし私が“裏切る”側だったら、あなたはどうする?」
「……協会に報告します。たぶん、泣きながら。」
「誠実ね。だから好きよ、そういう愚直さ。」
「褒められてる気がしないんですけど!?」
その夜。
クラリッサは古文書を閉じ、静かに紅茶を飲み干した。
彼女の瞳には、月の光と、遠い過去の記憶が映っている。
まるで“死神印”そのものが、心の奥で再び脈動を始めたようだった。
《観察記録 五日目》
彼女は“死神印”を笑いながら読む。
恐怖よりも優雅さが勝っている。
常識が息絶えた音を、今夜確かに聞いた。




