【第3章 Scene2】――裏取引と紅茶の香り
夕暮れの王都、街外れ。
高級茶店。
表向きは上流階級御用達のサロンだが、裏社会では“毒と噂の取引所”として知られている。
クラリッサ・ヴァン・エルドは、レースの手袋を整えながら店に入った。
後ろには護衛のルシアン。
緊張で肩がガチガチだ。
(どう考えても、貴族令嬢が来る場所じゃない……!)
入った瞬間、空気が変わった。甘い紅茶の香りに混じって、鉄の匂いがかすかにする。
暗殺者でも知っている匂い――“死の香り”。
クラリッサはそれを楽しむように微笑んだ。
「いい香り。少し……死の匂いがするわね。」
隣のテーブルにいた裏商人が、ぞくりと背筋を震わせる。
だが彼女はあくまで上品にティーカップを持ち上げた。
その手つきが完璧すぎて、逆に恐ろしい。
「本日の茶葉はこちらでございます、お嬢様。例の“ヒースベル産”もご用意を――」
「ありがとう。ええ、前回よりも香りが穏やかね。……致死量も。」
裏商人の顔が一瞬引きつる。
ルシアンはテーブル下で額を押さえた。
(やめて……! そんな会話を笑顔でしないで……!)
「お嬢様、それ……“毒茶葉”っておっしゃいましたよね?」
「ええ、香りの表現よ。死と生の境界を味わう、茶葉の芸術。」
「芸術の基準が間違ってます!」
交渉の途中、クラリッサは湯の温度を測るように指先でポットを撫でた。
「少し熱すぎるわね。これでは相手が萎縮してしまうわ。」
「……お湯の温度で交渉相手を脅す人、初めて見ました。」
「紅茶の温度は言葉より雄弁よ。人間、熱い茶を前にすれば素直になるの。」
(いや、火傷の恐怖でしょそれ!!)
裏商人が震えながら書類を差し出す。
クラリッサはさらりとサインをして、香水のように一滴の紅茶を垂らした。
「これで契約完了。……香りづけよ。」
その“香りづけ”が協会印の簡易呪式だと、ルシアンだけが気づいて青ざめる。
(お嬢様……貴族なのに魔術暗号を嗜むの、やめてもらえます!?)
取引を終え、店を出る頃には月が昇っていた。
クラリッサは満足そうに息を吐く。
「やはり、裏の茶は香りが深いわ。淹れる人間の“恐怖”が混ざるもの。」
ルシアン:「……あなた本当に貴族ですか?」
クラリッサ:「もちろん。だからこそ、優雅に殺さないとね。」
ルシアンは空を見上げて心の中で叫ぶ。
(協会、これ本当に“監視対象”で済むのか!? 俺が観察される側じゃない!?)
《観察記録 三日目》
彼女は紅茶で人心を操る。
茶器を武器に、言葉を毒に変える。
多分、協会でも通用する。俺より上官になりそうで怖い。




