ようこそ探偵事務所へ③
程なくして、先ほどの長身の男性が部屋に戻ってきた。
男性は高橋カイトの正面に周り、手に持った盆から編み地のコースターと、氷がぎっしり詰まったグラスを手早く二人の前に並べ、大きなタンブラーから「粗茶ですが」と言いながら、何か飲み物を注いでテーブルに置いた。
そのまま後ろの執務机に盆を無造作に置くと、椅子に腰掛け、テーブルの上に両肘をついて顔の前で手を組んだ。
その顔は微笑んでいるような、なんだか楽しげな表情を浮かべているのに真顔のような、しかし瞳はじっと高橋カイトを見つめながら、話しかける。
「はじめまして、僕が已無です。已無、譲。ここの探偵です。メールは拝見しております、どうぞ最初から話してください。あ、お茶もどうぞ。」
ひと息に告げると、已無は手元のグラスに自ら口をつける。
それに釣られて高橋カイトも慌ててグラスを持つと、その冷たさに、さっきまでの喉の渇きを思い出してゴクゴクと飲み始める。
(あ、麦茶だ。)
キンキンに冷えた麦茶が高橋カイトの喉を鳴らして五臓六腑に落ちていく。疲労と緊張と暑さで強張った体に、冷たい感覚が広がっていく。
夢中で全てを飲み干すと、プハっと息を吐く。
「えっと、ご、ごちそうさまになりました。」
高橋カイトは少し恥ずしそうにお礼の言葉を言った。出された飲み物をその場で飲み干すのが子供っぽいと思ったからだ。
已無は先ほどとは違った笑みを浮かべた。にっこりと微笑むと、
「いいえ、外が暑いのでこれを用意しておいて良かったと思っています。」
と告げる。
余計に高橋カイトの恥ずかしい気持ちが増した。少し俯いて、テーブルの木目を見る。
(大丈夫。僕は出来る。)
心の中で唱える。顔をあげ、已無を見る。
「メールを読んでいただいて、ありがとうございます。僕、高橋カイトと言います。その、俺、の勘違いかもしれないんですけど、相談できるところが他に見つけられなくて。俺の話を聞いていただければ、あの、幸いです。」
「もちろんです。どうぞ話を続けてください。」
矢継ぎ早に已無が返事をする。
「えっと、どこから話せばいいかわからないんですが、あの、メールにも書いた通りで、実は僕、いや、俺は丸福に通っていて図書委員をしています。三年はあまり活動してないんですが、俺はたまに図書委員の委員会に出席してます。」
「丸福中学校の三年生で、図書委員をしている。委員会もあるんだね。」
「そうです。大体、ひと月に一度は委員会があります。三年生は出なくても良いんだけど、俺は時間があるから。」
高橋カイトは少しだけ目を落とす。已無がタンブラーからに手をかけ、高橋カイトのグラスに注ぎながら、続きを促す。
「それから?」
「えと、それで、俺が図書委員会に出席すると、その、事件が起こるんです。」
「どんな事件ですか?」
「あの、最初は気づかなかったんです。でも、気付いてからは毎日ニュースを調べました。その、俺が図書委員会に出席した日に、必ず近くの町で嫌な事件が起こるんです。」
言い終えると、タンブラーに注がれた麦茶をごくりと飲む。グラスについた結露が手を湿らせる。体に籠った熱は消え、気怠い午後の日差しも平行に傾き始めている。暑さが暖かさに変わり、額の汗が濡らした前髪をそっと撫でるように、窓から少しの風が流れ込むように感じた。
「次は、誰かが、本当に死んでしまうんじゃないかと、怖いんです。」
高橋カイトは少しだけ体を震わせた。