ようこそ探偵事務所へ
薄暗い木々の間は案外と短く、すぐに歩き抜けると目の前に柔らかな日差しが差し込んだ。
足元の砂利が柔らかい土の感覚に変わる。
同時に、明るい庭の景色が目の前に広がった。
「う、わあ」
高橋カイトは足を止めて驚きの声を漏らした。
色とりどりの花があちらこちらに咲き、庭を囲むように植えられた背の高い木々の隙間から小鳥たちのさえずりが聞こえる。
午後の明るい日差しが蜃気楼のように、住宅地の真ん中にぽっかりと出現した美しい庭園が柔らかく揺れる。
(ここが、本当に探偵事務所なのか?)
またしても浮かぶ疑問に辺りの様子を見回すと、奥に灰色の屋根の古ぼけた小さな家が見える。
なるほど、ここはあの家の前庭なのだ。足元には進むべき道筋をなぞる不揃いな石のタイルが続いている。
「行ってみるしかない、か。」
高橋カイトはゆっくりと歩き出した。
少し進んだところで、家の周りに家庭菜園があるのが目に見えた。レンガで囲われた土の上に、小ぶりだが茄子や胡瓜にトマトがたくさん実っている。
ますます探偵事務所らしくない。
家の前に着くと腕時計を確認する。ちょうど13時30分だ。安心して息をほぅと吐く。
玄関の扉には『已無探偵事務所』としっかりと刻印されたくすんだ銀色のプレートが掲げられている。
「良かった。本当にここだったんだ。」
高橋カイトは安心して、サッと服と頭を撫でて身なりを整える。
「増淵のおばさんが、こういうときは5分遅れて行くもんだよって言ってたよな。」
玄関先で立ち止まり、少しの間、目の前の家を眺める。
庭から見たときは小さく見えたが近づくと意外に大きな家だ。建てられて長い年月が経過しているだろうに白く塗られた外壁は庭に調和していて、補強なのか筋交に木材が張られ濃い茶色が更に塗られている。
鼠色の三角屋根には天窓が2つ付いているが、きっと二階建てではなく天井高の平家なのだろう。
以前にテレビ番組で特集していたイギリスの建築様式に似ているなと思いながら、5分ほどじっくりと家を観察した。
「よし、行こう。」
ドア横の壁にひっそりと設置されたインターホンを押す。今どきモニターもないただのボタンだけのそれは、間延びした呼び出し音を2回鳴らした。
高橋カイトの胸の鼓動が速まる。
すぐに返事が返ってきた。
『お待ちしていました。ドアを押して。どうぞ、中へ。』
頭上から降ってきた声に、上を見上げる。壁際に隠れるように設置された小さなスピーカーが見えた。
声の通りに玄関のドアノブに手をかけると、ゆっくりと押す。開かれた扉の向こう、広がった空間に長身の男性が佇んでいる。彼は高橋カイトの姿を確認すると、少し微笑み声をかけた。
「ようこそ、已無探偵事務所へ。」