道迷い
高橋カイトは焦っていた。
約束の時間まであと少ししかないのに、すっかり道に迷ってしまったのだ。
7月初旬、気温は30度を越え、自転車のペダルを漕ぐ脚に汗が滴る。学生服のズボンが張り付く感覚が余計に彼を苛立たせた。
この暑さのせいか、土曜日の昼過ぎだというのに静まり返った住宅街には歩く人もいない。ぐるぐると同じ道順を何度も、消火栓のある角を右に曲がり、個人経営らしきクリーニング店を目印に直線に進むと、信号のない十字路に差し掛かる。
高橋カイトは癇癪を抑えるようにハンドルをぎゅっと強く握ると、ゆっくりとブレーキをかけてそのまま車体を停めた。十字路の角、シャッターの降りた古書店前に設置された青い自動販売機を見やり、がっくりと項垂れ、それにもたれかかった。
「ああ、もう。事務所はどこにあるんだ?疲れた。暑すぎる。」
身体を預けている自動販売機が、わかるよとでも言いたげに低いモーター音で返事をした。同じく高橋カイトも低い声で小さく唸る。
自転車用ヘルメットの中も汗だくだ。髪を伝って汗が顎紐を湿らせる。
「場所は、合っている筈なんだよな。」
小さくつぶやくと、前掛けにしていたボディバッグから折りたたんだ用紙を取り出し広げた。
『已無探偵事務所までのアクセス
下記の通り、地図をご参考にお越しください。』
ホームページから印刷したそれには細かい住所などは何もなく、ただ、この簡易な地図とメールアドレスだけが記載されていた。