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0日目



〈社会人〉になってから1年が経とうとしていた頃、


私の部屋は…〈ゴミ屋敷〉と化していた。


それもこれも、慣れないルーティンのせいだ。


早起きして身支度をし遅くても15分前には出勤する。8時間勤務という名の9時間拘束を終え、帰省ラッシュに揉まれながら帰宅し玄関に倒れるのは日常。フローリングの冷たさが心地いいのだ。

(やばいやばいいけない)

重い体をおっこらしょと起こし、スーツを着替え、晩御飯の準備をし、24時を回る前に就寝する。


慣れない業務に疲れ果てた私には、休日なんてあってないようなものだ。


そんな〈社会人〉も〈友人〉が居ればなんてこと無かった。

最初だけは。


━━━━━━━━━━━━━━━


〈社会人〉なりたての頃は〈大学の友人〉とよく会ったし、職場の愚痴も不満も発散出来た。

だが、ある時を境にその交流はぱったりとなくなった。〈大学の友人〉と唯一繋がっているLINEは、誰かの声掛け待ち状態だ。


グループLINEにて「今週の金曜飲みに行かない?」と発言する人ももちろん居た。


その返答はと言うと、

「次の日仕事だから無理…」

「子供の世話があって(汗」

「夜勤だから仕事だー」

などど、それぞれの予定が詰まっており、みんなの都合が合うことはなかった。

もっとも、もし都合が合っていたとしてもだ、疲労で休みたい欲の方が強いだろうなと今になって分かる。


一方私はと言うと、会社に出勤していたのは最初だけで、今は通勤ラッシュに揉まれることも、出勤時間の2時間以上前から起きることも無くなった。

在宅勤務がメインの私の会社は今や天国とかしていた。


その反動だから仕方がないと思っている。

部屋が〈ゴミ屋敷〉になったのは。


と言っても、私は自分の部屋を〈ゴミ屋敷〉なんて思っていない。


ものが散らかってるだけで汚いわけじゃない。足の踏み場は…若干ないが、床に広がってる書類や洗濯物をちょっと片付ければ床はすぐ見える。

一人暮らし中に増え過ぎた雑貨や服や色々なセール品たちは、部屋の隅に所狭しと並んでいる。

何度も言うが汚いわけじゃない、物が増えすぎて整理整頓出来ていないだけだ。



私の一人暮らしの様子を一目見ようと〈両親〉が泊まりに来た時があった。


その時だ、私の部屋が〈ゴミ屋敷〉と言われたのは。



━━━━━━━━━━━━━━━


〈大学の友人〉とも交流が減り、家にいる時間が圧倒的に多くなった。


在宅勤務のいい所はいくつもあった。

あぐらをかいて仕事ができる、好きな飲み物が好きな時に好きなだけのめる、音楽をかけながら仕事をしても文句は言われない、ラフな格好でも誰にもみられない、集中している時は休憩取らずに一気に仕事を仕上げることが出来る。誰かに気を使う必要用がないのだ。


まさに、一人で集中できる人にとっては在宅勤務は天国だ。ただ人との交流が全くと言っていいほどない。


仕事上のやり取りは基本メール。

会社に出勤する時もあったが、月始め、年初めの挨拶、大事な会議や打ち合わせの時くらいだろう。


家にいることに慣れてしまった私はすっかり外に出なくなっていた。


休日はサブスクに入り浸り、最近始めたゲームで一日狩りをする日もあった。


そんな暮らしは嫌いではなかったし、むしろ満喫していた。と思う。


自分の暮らしを意識し始めたのは〈両親〉から言われた言葉のせいだ。


「ゴミ屋敷…」


スマホを片手に映画の続きを流しながら、自分の部屋を見渡す。


溢れかえった物を見ていると、昔の記憶が奥の方から掘り出されるようだった。

謳歌した〈人生の夏休み〉、旅行に行った思い出…


あんなこともあったな、こんなこともあったなと懐かしい記憶が蘇ってきた。思い出される記憶の断片はどれも、一番楽しかった一番の瞬間だっだ。それ以外の事はぼんやりとして思い出せないくらいになっていた。


その瞬間、自分でも分からない感情が頭に浮かんだ。今の暮らしに満足しているつもりだし、人に気を使わないでいい在宅勤務は天国だと思っているし、休日の過ごし方もこれでいいんだと思っていた。


だからどうしてこんな言葉が浮かんだのかは自分でも分からなかった。


(寂しいわけないじゃん…)


訳の分からない感情をもみ消すように、そう自分に行って聞かせた。


(まめにあいたいなー)


ぼんやりと天井を眺める。天井よりももっと上の方を見て、皆は今どうしているのかな、なんてことを考えていた…


その時インターフォンが鳴った。

珍しい来客の知らせだっだ。



━━━━━━━━━━━━━━━


インターフォンがなる数分前。


・・ティロン


(ん?)


スマホの画面上から小さなポップが現れた。チャットアプリからのメッセージだった。


メッセージを送ってきた主の名前を見て、私は驚きと疑問がごちゃ混ぜになった。


(こんな時間にこの人からメッセージが来るの珍しい)


そして、ポップから確認できる範囲の言葉が更に疑問を深めた。


「お願いがあるんですが…仕事中どうしても見てられなくて…」


ポップにはそう表示されていた。これ以上先は小さいポップの表示範囲外で、…と表されていた。


ポップの通知を押し、メッセージアプリに飛んだ。


メッセージアプリに飛ぶと、ポッポっと続けてメッセージが送られてきた。



・・お願いがあるんですが…仕事中どうしても見てられなくて助けたんですが、職場には置いておけなくて

・・子猫を預かって貰うことって出来ますか?

・・僕の仕事が終わるまでお願いできませんか?


「猫…?」


珍しい時間のメッセージかと思ったら、猫を預かって欲しいと言われ…次々に起こる出来事のせいで、頭に沢山のハテナが浮かんでいるのが自分にはわかる。


(猫?どうして猫?)


彼は仕事中と言っているので、おそらく休憩時間のごく僅かな時にメッセージを送ってくれたのだろう。


既読を付けないまま放っておいたら、悪い話「私も仕事中だっだから返信できなかった」といえば済んだのだが、生憎速攻で既読をつけてしまった矢先、返信しない訳にも行かなかった。


加えて私は今家に居る。ここで断ればこの先罪悪感に苛まれながら過ごすことになるだろう。

せっかくのお願いをキッパリ断れるほど強い意志を持ち合わせていなければ、薄情な心も持っていなかった。


・・大丈夫ですよ


とだけ返信した。

すると、彼から直ぐに返信が帰ってきた。


・・よかった!ありがとうございます!

・・現場が近いので20分ほどでつきます!


・・了解です。お気をつけて

そう返信した。


(20分か…)


時計を見たあと部屋を見て自分をみた。残り20分で、少しだけ身なりを整えることにした。


━━━━━━━━━━━━━━━


・・ピンポーン


20分とちょっとが過ぎ、インターフォンが鳴った。確認すると彼の姿が見えたので、すぐ降りますね。とだけ伝えアパートの外へ出た。


「ごめんなさい、急に」


謝る彼の手には体の幅位の大きさのカゴが抱き抱えられていた。そのカゴには布がかぶせてあり、中はすぐに確認できなかった。


「どうしたんですか駿しゅんさん」


彼の名前は駿しゅん

大学時代からの()()()()だ。

当時流行っていたゲームがきっかけで仲良くなったコミュニティの中の一人だ。

仲はどちらかと言えば良い方で、だからと言って積極的にプライベートで遊ぶかと言われたらそうでは無い。

私には仲がいい人がいるように、彼にも仲がいい人はいて、その仲がいい人が共通しているだけに過ぎなかった。

だから交流は度々あったものの、こうしてゲームの誘い以外でメッセージがくることはほとんどなかった。



カゴにかかった布に手をかけ、キョロキョロと辺りを見渡す。人目を気にしているようだ。


それを察して、私は駿さんに駆け寄った。


再び辺りをキョロキョロを確認する駿さん。誰もいないことを確認し、布をそっと半分くらいめくった。


「うわぁほんとに子猫だ」

「さっきまでミャーミャー鳴いてたんですけど、今は鳴き止んだみたいです」


カゴの中には手のひらくらい小さい子猫が3匹。

カゴの隅で身を寄せあい、丸くなっていた。


白が2匹と、黒が1匹。

決して綺麗とは言えない風貌だった。


砂にまみれた白い体は灰色にも見える。毛はボサボサしており、所々赤く血の跡があった。時間がたったのであろう、体に付いている泥は乾いてカサカサとした見た目になっており、毛に少し絡んでいた。


その風貌をみて私は、何も言えずにいた。


駿さんが続けて経緯を教えてくれた。


「実は、さっき現場で仕事してたんですけど、子猫が捨てられてて……」


その状況を話す駿さんは落ち着かない様子で、髪を触ったり、猫をみたり、首を動かしたりとソワソワしている。


「カラスに襲われてたんです。それで…見てられなくて…助けてしまって、」


不安と怒りと焦り…彼の中にそんな感情が渦巻いているように見えた。


彼の様子から、あまりに悲惨な状況だったのだろう。

子猫の体に血の跡があるのも、より深刻に感じた。

そして子猫の()()()()()()()()()


「仕事終わったら病院に連れていこうと思うんです、けど今は仕事中だからそれができなくて、仕事が終わるまで預かって貰えないかと思って…」


思っていたよりも深い出来事に頷くことしか出来なかった。


「18時に終わります、来るのが18時半くらいだと思います」

「わかりました」

「あの…大丈夫ですか?アパートの中とか…」


先程人目を気にしていた様子から、アパートの人に通報されないか、管理者に怒られないか…そんなことを気にしているのだと思った。


「大丈夫です、大丈夫です、任せてください」

「すみません、お願いします」


子猫の入ったカゴを受け取った。


「仕事に戻ります」


足早に去っていった。

私はその姿を最後まで見送てからエントランスに入り部屋に戻った。

カゴにしっかり布がか被っていることを確認し、キョロキョロを見渡してから。


━━━━━━━━━━━━━━━



人とすれ違うことなく部屋に入ることが出来た。

元々人気がないアパートだ、心配していなかったが部屋に入ると緊張が溶けた。



私は子猫を飼ったことがないどころ見たことも触れたこともなかった。

どうしていいか分からず、とりあえずそっとしておくことにした。


大丈夫だろうかと布をめくり様子を伺う。


疲れているのか、子猫は睡眠時間が長いのか分からなかったが、全く起きる気配がない。


布をそっと元に戻し、カゴを静かに床に置いた。


それからというもの猫の様子が気になって気になって仕方がなかった。



(チラッ)


数十分後。


(チラッ)


本当にどうしたらいいいいか全く分からなかったのだ。

預かったものは仕方がない。子猫達に何かあってもすぐに対応出来るようこまめに確認するが、子猫は眠ったままだ。


(大丈夫死んでないよね…?)


(チラッ)


めくった布から光が入る。その光に反応し子猫がモゾモゾ動く。


(よかった…)


その繰り返しだ。


━━━━━━━━━━━━━━━


彼は18時30分よりも少し遅れて迎えに来た。


・・ティロン


メッセージアプリの通知が届いた。


・・すみません!遅くなりました。もうすぐ着きます


長かったようなあっという間だったような、とにかくずっとソワソワしていた私だ。

彼がちゃんと約束通り迎えに来てくれた事に心底ホッとした。


緊張から解放された私は通知が届くなり部屋を出て、子猫を受け取った場所で待っていることにした。


姿が見え互いにペコッと会釈をする。


「大丈夫でしたか?」

「大丈夫でしたよ!ずっと眠ったままで、全然鳴かなかったし」

「そうですか…」


子猫の入ったカゴを渡すと、布をめくって様子を確認した。


「ぐっすりですね」

「ずっとこんな感じでしたよ」

「よかった」


始めて彼の緊張が溶けたように見えた。


「今日は病院あいてなかったので、明日病院に連れていこうと思うんです」

「近くに動物病院ありましたっけ?」

「ありますあります、調べました!」

「飼うんですか?」

「僕は…里親を探そうと思っているんです、それまでは僕が責任もって飼います」

「偉いですね」


私の勝手な考えだが、動物病院はとても金がかかるイメージだ。

ペットショップで飼うと多額のお金を支払うことになるが、野良を拾って我が家にお迎えするとタダだ。

その分様々な病気を持っている可能性があるので飼い始める前に病院は必須だろう。だがその病院代がいくらかかるか分からないのがネック。


一回だけで済めばいいが、予防接種、避妊・去勢手術、体調が悪くなった時の検診など、今後かかるお金は増えていく。


命に責任を持っている彼にとても好感を抱いた。



(里親探すのか)


こんなにいい人に拾ってもらった猫は幸運だと思う。里親を探すと決め、それまでは自ら世話をしようと言っているのだから。でもなんだか少しだけ、寂しい気持ちになった。


「病院行ったら、大丈夫だったかまた教えてください」

「はい!もちろん」


嬉しそうに返事をする彼。


「ちなみに愛美(あみ)さん、飼います?」



彼の顔に先程までの緊張と心配の表情はない。その代わり、柔らかく優しくついでに悪戯っぽく言うのだった。


(あ、そうか里親を探してるって言ってたもんね)


「うーん、私は…やめとこうかな」

「飼いたくなったらいつでも言ってくださいね!」


じゃあまたと、駿と子猫とその場で別れた。



━━━━━━━━━━━━━━━


後日、駿から連絡があった。



・・病院行きました!健康で、病気もなかったみたいです!


・・よかった。元気に育ってくれるといいですね


・・病院子先生が言ってたんですけど、3月1日くらいに生まれただろうって


・・生まれた日までわかるんですね


・・凄いですよね!生まれたばっかりみたいです



(生まれたばっかり…か)


スマホ画面を見る。

3月28日と表示されていた。

生まれてから1ヶ月も経っていなかった。


その日は子猫の様子とちょっとの雑談をし、メッセージアプリを閉じた。

同時にやり取りも止まった。


━━━━━━━━━━━━━━━


子猫をと出会いすぐ、愛美にはまた日常が訪れた。


駿は珍しい来客であったが、子猫をキッカケにメッセージのやり取りが増え交流が増える。なんてことはなかった。


愛美は子猫の様子が気になっていた。


子猫を預かったし、子猫の話をした仲だし、もっとやり取りが増える…はずだと思っていたが、全くそんなことはなく、病院後の報告以来、メッセージアプリの通知音がなることは無かった。


(もう里親見つかったかな)


ふと天井を見上げ子猫のことを考える。

鳴らないメッセージアプリの通知音が、より一層子猫へ意識を奪った。


気づいた時にはスマホのキーボードを叩いていた。



・・里親見つかりましたか?


・・まだ見つかってません。反応もなしです。



駿からの返信はすぐに来た。

里親の募集は既に始めているが、いいねやメンション等の反応の方はまだないようだ。


・・愛美さん飼います?


・・うーん、私は大丈夫です


・・飼いたくなったかと思いました笑いつでも言ってくださいね!何匹でもいいですよ!


ちょっと気になっただけだと、心の中で自分で自分に語りかける。


近況のやりとりをし、今日もやり取りが終わるのだった。

━━━━━━━━━━━━━━━


その数日間、やはり駿から連絡が来ることはなかった。


駿の気持ちを考えると、里親を見つけなきゃという気持ちでいっぱいだっただろう。でもこちらはというと、一度触れ合った子猫達の様態は変わりないか気になって仕方がなかった。何せ、見つかった時にはズタボロの姿だったからだ。


気を紛らわすようにモンスター狩りに出かけることにした。


その日は駿からメッセージが来ない代わりに、別の名前からメッセージが届いた。


・・ティロン


・・やってるね


・・久しぶりに狩りたくなってさ


・・そういえばイベントまだやってねぇ!


・・あれ一人で行ったけどボコボコにされた


・・よく一人で行ったな…


・・最強さんの最強の装備でキャリーして!


・・任せて!


やり取り相手は(しん)だった。

愛美と特に仲のいい人だ。



・・せっかくだからまたみんなでやりたいな、駿も呼んでいい?


・・もちろん



同時に駿の仲のいい人でもある。


その晩3人でモンスター狩りに出かけることになった。イベント期間中であったためプレイヤーは溢れるほど多く、掲示板で募集するとあっという間にフルパーティが完成した。

お陰で人数制限ありのクエストも待機時間なくスムーズに開始でき、次々にクエストをクリアしていくのだった。



日付をまたぎゲームを謳歌した3人は、またやろうと挨拶をかわし、解散するのだった。

メッセージグループは作っていないので、個人チャットでの会話が通常だった。


・・ティロン


・・お疲れ様でした、またやりましょう!


・・おつありでした!(お疲れ様でしたありがとうの略)


個人チャットへメッセージを送ってくれたのは駿だった。律儀にも毎回挨拶を送ってくれるのだ。その時愛美は、我慢していたことをとうとう聞いてしまった。


・・猫ちゃんたちは元気ですか?


・・元気ですよ、ゲーム中ずっと足元で鳴いてました笑


続けて送られてきた写真には、広い床を自由に動き回る子猫達が写っていた。


・・里親もまだ見つかりません。


・・見つけるのも大変なんですね。


・・想像以上に反応なくてビックリしてます。


反応とは、メンションはいいねなどの事だろう。この時代SNSでハッシュタグを付けてコメントすれば誰でも直ぐに反応してくれる。ハッシュタグはターゲットを絞り、より必要としてる人に届きやすい。それでもまだ、反応はないようだ。里親募集を開始してまだ1ヶ月も経っていない。


・・明日仕事なのでそろそろ寝ます


・・遅くまでありがとうございました!おやすみなさい


子猫たちが元気に育っている様子を見て、なんだかホッとした愛美だった。



━━━━━━━━━━━━━━━


後日、駿からメッセージが届いた。

仕事終わりの午後6時頃のことだった。


・・すみません、今時間大丈夫ですか?


・・大丈夫ですけど、どうしたんですか?


・・ちょっと渡したい物があって、すぐ近くに来てるんですが…


・・わかりました、今家にいるのでいつでも出れます


・・よかったです!着いたら連絡しますね


そんなやり取りをしてすぐの事だった。インターフォンのチャイムではなく、メッセージアプリの通知音が到着を教えてくれた。


「あの、これ」


「えっ!?どうしたんですか?」


駿の手には大きいお菓子の袋が2つ抱えられていた。


「子猫たちを預かってくれたお礼です」


「そんな、全然良かったのに」


「せっかくなんで貰ってください」


「私そんな大したことしてないのに…、ありがとうございます」


愛美はお菓子に目がない。大したことをしてないから受け取れない、よりも、お菓子を貰えて嬉しいの気持ちがまさり、素直に受け取った。私が犬なら、きっとしっぽをブンブン振っていただろう。


「さっき猫ちゃんたちを病院に連れて行ったんです、怪我沢山してたんで一旦様子みて、今日再検査だったんですけど、どこも異常なく、元気です」


「そうだったんですね、元気になって良かったです」


「ゲーム中すごいんですよ、ずっとみゃーみやー鳴いてて」


「ボイチャ中も聞こえてましたもんね笑」


「うるさくなかったですか?」


「全然うるさくなかったですよ、たまに聞こえる程度だったし」


「隣の人に怒られないか心配ですよ…」


最初はあれほど鳴かなかった猫たちが今はもう元気いっぱいに歩き回っているらしい。

飼い主(仮)のおかげか、子猫達の持つパワーのおかげかはわからないが、元気になったのはやはり嬉しいことだった。


駿はというと、嬉しさよりも鳴き声に困っている気持ちの方が大きいようだ。その証拠に子猫のことを話す駿の眉毛はは八の字に下がっていた。


「今車にいるんですけど見ます?」


「いいですか?」


「もちろんです、ちょっと待ってくださいね」


車の後部座席から取り出したカゴを、両手に抱え戻ってきた。カゴは、初めてであった時よりも綺麗で小さいサイズのものだった。


「ほんと、凄いんです、車の中でも鳴いてるんですから」


「甘えん坊なのかもしれないですね」


子猫のからだよりも広いカゴの中を歩き回る子猫、丸まって寝ている子猫、ずっと鳴いてばかりの子猫。見つけた時は3匹一緒にカゴに入っていたらしいので、おそらく3匹は兄弟だろうと思う。

それにしても、性格が三者三葉だ。


子猫の鳴き声の苦悩を暫く聞いた後、直ぐに帰宅体制に入る両者。長居せず、長話せず、キリのいいタイミングで解散になるのは、互いに有難い関係だった。気を使う必要が無いからだ。


「それじゃ、ありがとうございます。飼いますか?」


里親募集中の駿は営業をするかのように、キリのいいタイミングで飼いますか?と振ってくる。


「うーん…」


「そうですよね、飼うの大変ですしね」


「そうですね…」


「まぁ、まし飼いたくなったらいつでも言ってください!今なら好きな子選び放題ですよ」


この人の職業は営業マンなんじゃないかと思うくらいぶっ込んでくる。多分違うだろうが。


「じゃあそろそろ」


いよいよ本格的に解散の雰囲気になってきた。

私は何も言えずに口をつぐんだ。

喉からでかかっている言葉は口にグッと力を入れ心に閉まった。


遠ざかっていく駿の姿。誰もいない駐車場に響く鳴き声。チラつく孤独な生活と家に引きこもり出来上がったゴミ屋敷…


もしここで言わなかったら後悔する…かもしれないし、しないかもしれない。今心の中で思っていることはただの衝動で、もっと深く考えたら考えも変わってくるかもしれない。何よりあれだけNOと言っておいて今更…恥ずかしい。


そんな思考が巡る中、意志とは関係なしに口から言葉が飛び出した。


「あの…」


「はいっ」


私の声に反応して直ぐに180度方向をかえる駿。先程まだ見えていた背中は無くなり、笑顔がこちらを向いている。



(ああ。言ってしまった。ここまで来たら…)ずっと心の奥にあった思いがとうとう顔を出した。


「あのやっぱり…飼ってもいいですか?」


「もちろんです!」


今まで見た中で一番の笑顔だったかも知れない。離れていた子猫と私の距離が近くなる。


「どのこにしますか!」


やっぱり飼いたかったんですね、言うと思ってました、早く言ってくださいよ〜、なんて言葉は1ミリも影すら見せなかった。満面の笑顔で子猫をどうぞと見せてくれるのだった。


「この白い子は大人しいですよ、黒い子はすごく泣きますね、もう一匹の白も大人しいですよ」


「白が好きだけど、黒もいいな」


「この子は傷が酷くて…愛美さん猫飼ったことないって言ってましたよね?」


「ない、ですね」


「このこは飼いやすいかもです、大人しいし、傷も酷くないので」


駿の猛烈な押しで、一番体の小さい白色の子猫に決定した。


「あ、色々買うものとかありますよね、準備整うまで預かっておきましょうか?」


「ううん、大丈夫です。また来てもらうのも悪いし、今日貰ってもいいですか?」


「もちろですよ!」


そうして気づけば、自分の部屋に子猫をお迎えしていた。



━━━━━━━━━━━━━━━



動物を飼いたくても中々手が出せない理由の一つとして、飼うために多額なお金がかかるという点だろう。


〈社会人一年目〉の私には貯金もない。


ペットショップでお気に入りの子が見つかっても値段を見て諦める。野良を見つけては病気を恐れ飼うことを辞める。なんてことは、よくある話だ。


せっかく舞い込んだ運…動物を飼いたい欲はずっとあったが、なかなか踏ん切りが付かなかった。


それは、猫派よりも犬派である…ことは理由の一つだったかも知れないが、恐らく一番は〈覚悟〉の問題だっただろうと思う。


動物を飼う〈覚悟〉

命を預かる〈覚悟〉

飼い続ける〈覚悟〉


動物好きはどうぶつの命をぞんざいに扱う人を最も嫌う。それ故、命の重さ、飼い主の責任と言うものは重々理解しているつもりだ。今までの実家で飼っていたペットとは違ってらひとり暮らしでペットを飼うことは、想像以上の覚悟が必要だった。


この覚悟が決まらなかった。


だけども今回、子猫の姿を再び見る機会が訪れた。その時だった、覚悟が決まったのは。


(あの人やっぱり営業マンでしょ)


タイミングといい、飼うことを何回も促したり、子猫との交流の場を設けたり…やっていることは営業そのものだった。


「それにしても出来すぎてる…」


愛美の手には子猫と沢山の荷物が抱えられていた。


ペットシーツ、餌、水、だった。


「準備良すぎ…」


それらは駿から貰ったものだった。


今からでは店も開いてないし、沢山買って余っているからと、分けてくれたのだ。


「そっか…色々買うものもあるよね、後で調べなきゃ」


偶然が必然か、駿のくれた品々のお陰で、子猫との暮らし0日目は好調なスタートをきることが出来た。


お迎えした子猫を片手に、これからの生活のことを考える。


悲しいことに、最初に目に入ったのは〈ゴミ屋敷〉と呼ばれた自分の部屋だった。


「あぁ…とりあえず片付けるか」


小さいカゴに子猫を入れ、腕をまくるのだっだ。




━━━━━━━━━━━━━━━




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