17話
すべてが終わったあと、洞窟の奥に漂っていた冷たい空気が、ふっとやわらいだ。
空間そのものが、深く呼吸をしたような――そんな静かな気配が満ちていく。
私は、鍵を胸に抱いたまま、少年が立っていた場所に静かに腰を下ろした。
そして、まぶたを閉じる。
胸の奥から、じんわりと、光のような声が聞こえてきた。
「……ありがとう」
聞き覚えのある声。
……女神様だ。
私はゆっくりと目を開く。
そこにいたのは、やはり彼女だった。
すべてが白い世界の中に、ぽつんと浮かぶように、彼女は静かに立っていた。
少女の姿のまま、けれどその瞳には、大人のような静かな哀しみと感謝が宿っている。
「彼の中にあったものは、“想い”だったのね」
私がそう言うと、女神様は小さく頷いた。
「ええ。
けれど、彼の想いはあまりにも強すぎて――
世界全体を凍らせてしまうほどの、冷たい力になってしまった」
彼女は少し視線を落とす。
「私が生きていた頃、あの子に、きちんと寄り添ってあげられなかった。
私が諦めた“片付け”が、彼をこんな場所に閉じ込めてしまったの」
私は、黙ってその言葉を聞いていた。
「私がこの世界を去る時、“まだ片付けられていない想い”たちを封印したの。
人々が、それに呑まれないように。
……でも、本当は、救ってあげたかった。
私が果たせなかった“最後の片付け”を、あなたに託したのよ」
女神様の瞳が、そっと私を見つめる。
その中には、かつてこの世界にいた“ひとりの人間”としての、悔しさと願いが宿っていた。
「あなたはすごいわ。
モノを捨てるのではなく、“想い”を抱きしめて、見届けてくれた」
私は小さく首を振る。
「でも私、何もしていないよ。
ただ、彼の話を聞いて、“ありがとう”って言っただけ…」
女神様は微笑む。
その笑顔は、とてもやさしくて、どこか“母のような”温もりを感じさせた。
「それが、いちばん難しいことなの。
傷を持った誰かに、そっと手を差し伸べること。
“ここにいてもいい”って伝えること。
それがどれだけ大きな癒しになるか、きっとあなたが一番分かってる」
私はゆっくりと頷く。
そして、胸に抱いた鍵をそっと見せた。
「これは、次の封印の鍵?」
「ええ。
それを持って、また…進んでほしい。
……まだ、あと少しだけ“想い”が残っている場所があるから」
私は鍵を見つめ、そして女神様の目を見る。
「いつか、あなた自身の“想い”も――片付けられる日が来る?」
その問いに、女神様は――
ほんの少しだけ、涙を浮かべて微笑んだ。
「……そのために、あなたを選んだの」
そして、彼女の姿がゆっくりと光に溶けていく。
まるで、世界に少しだけ春が訪れたような、やわらかい余韻を残して――
ーーーー
私は洞窟を出た。
外の世界には、朝の光が差し始めていた。
草の上には霜が残っていたけれど、そこにもすでに、あたたかな陽射しが差し込み始めている。
鍵を握る手の中には、もう寒さはなかった。
次の場所へ向かおう。
きっとまた、誰かの「片付けられなかったもの」が、私を待っている。




