15話
手の中の鍵は、ほんのりと温かかった。
まるで「今度こそ、自分の番だ」と語りかけてくるような、柔らかなぬくもり。
丘の上の家の前に立ったまま私はしばらく、手のひらを見つめていた。
この世界に来てから、たくさんの“片付け”をしてきた。
人の心の中に積もった、寂しさ、痛み、罪悪感、愛されなかった記憶。
それらを少しずつ、手放す手伝いをしてきた。
でも、今から向かうのは――
この世界そのものが、ずっと隠していた“お荷物”。
それを思うと、胸の奥が小さく震えた。
けれど、それと同時に、どこか“懐かしい感覚”もあった。
あの女神様――かつて人だった彼女の涙。
封じ込めた想い。
そして、私に託された鍵。
これから私が向かうのは、きっと彼女自身が“片付けられなかった場所”。
つまり――一番、誰かに助けてほしかった場所。
私は鍵を握りしめ、丘を下りた。
足元の土が、ほんの少しだけ柔らかく感じたのは、風がやさしく吹いていたからかもしれない。
そして、村へ戻った私は、すぐに荷造りを始めた。
この先の旅が、どれくらい長くなるのかは分からない。
けれど、少なくとも「今すぐに戻れる」場所じゃない。
光に包まれた家。
片付けを終えて、ぬくもりだけが残った居間。
あの場所に別れを告げる前、私は最後に一度だけ、居間の中央で手を合わせた。
「……ありがとう。今度は私が、“想い”を抱きしめに行くからね」
出発の日、村の人々は不思議そうに私を見送ってくれた。
「あんた、また誰かの家を片付けに?」
「いいえ、今度はちょっと……遠い場所なんです」
市場のおばあさんは、包みをひとつ渡してくれた。
中には、干した果物と手縫いの布袋。
「持ってきな。旅には食べ物と、ちょっとしたぬくもりがいるよ」
私は深く頭を下げ、礼を言った。
どんなに遠くに行っても――
この村で出会った人たちの温かさが、私の背中を押してくれる気がした。
そして、私は向かう。
この世界に点在する、“封印された場所”へ。
かつて女神が、自らを代償にして閉じ込めた、負の想念。
心の奥に沈められた痛み。
誰にも言えなかった孤独。
けれど、それは誰かの大切だった想いの“なれの果て”でもある。
私はそれを、「ただの闇」として扱いたくなかった。
それぞれの“想い”に、最後の言葉を届けるために――
この鍵は、扉を開けるものじゃない。
過去と向き合い、終わらせて、“次の朝”に繋げるためのもの。
だから私は、歩いていく。
片付けの力を携えて。
心の中の◯シダさんと、心の中のこ◯まりさんと一緒に!!
(……また心のこ◯まりさん出て来よった…)
そうして向かった“最初の封印地”で、私は出会うことになる。
――そこには、ひとつの村があった。
誰も住んでいない、けれど、誰かの想いだけが取り残された場所。




