14話
村のはずれ、小高い丘の上に、ぽつんと一軒の家があった。
誰に聞いても、「あれは昔からあるが、誰も住んでいない」と言うばかりで、由来も持ち主もわからない。
それでも私は、その家の前に立っていた。
理由はわからなかった。
けれど、足が勝手にそこへ向かった。
まるで「呼ばれた」みたいに。
扉は古く、つたに半分ほど覆われていて、まるで眠っているようだった。
私は深く息を吸い、そっとドアノブに手をかけた。
その瞬間――
ふっ、と。
風が抜けたわけでもないのに、身体が浮いたような感覚。
目の前が、真っ白に染まっていた。
音が消え、色が消え、重力も、温度も、世界から取り残されていくような感覚。
代わりに現れたのは――
あの日と同じ白い服を着た、少女の姿をした女神様。
でも、その顔にはどこか翳りがあって、
前よりも、ずっと、大人びた表情をしていた。
「……ようこそ、ここまで来てくれてありがとう」
声は変わらず優しいのに、どこか懐かしさを感じた。
いや――これは、
初めて会ったときよりも、“本当の彼女”に近い声だったのかもしれない。
「あなたに、少しだけ、大変なお願いがあります」
私は息を飲む。
けれど女神様は、悲しそうに微笑んで、そっと言った。
「その前に、私の話を、少しだけ聞いてくれませんか」
私はそっと頷く。
「……私も、かつて人間でした」
その言葉は、まるで静かな鐘の音のように響いた。
「あなたと同じように、心をすり減らして生きていて。
ある日、限界が来て、眠るようにこの世界に来たのです」
女神様の目が、ふと遠くなる。
「与えられたスキルは、《空間整理》《不要物鑑定》《浄化》《再生》――あなたと同じものでした」
彼女も、最初はただ夢中で、目の前の“お荷物”を片付けていった。
それが人の心に光を取り戻すのが嬉しくて、喜ばれるのが嬉しくて。
だから、ずっと続けていた。
でも――
「ある日、私は“片付けられないものたち”に出会いました」
人の憎しみ。
戦争の記憶。
誰にも言えなかった孤独と痛み。
消すことも、抱きしめることもできないほど、深く染み込んだ感情。
「私は、消せないそれらを“封じる”ことを選びました。
世界中から負の想念を集めて、ここに、私の中に閉じ込めたのです」
その結果。
彼女は「この世界のバランスを保つ存在」として、神に近いものとなった。
その代わり――人ではなくなった。
忘れられ、記憶されず、ただ封印を守る“器”として、この空間に閉じ込められた。
「でも私……いつか、誰かに“それ”を開いてもらいたいと、ずっと願っていました」
彼女は、まっすぐ私を見つめる。
「それができるのは、“片付ける力”だけじゃない。
“人に寄り添えるあなた”だけなんです」
「どうか、この世界の“最後の扉”を――あなたに、開けてほしい」
私は黙って聞いていた。
胸の奥に、なにかがじんわりと広がっていく。
それは、重たさじゃない。
それは、悲しみでもない。
まるで、誰かの片付けを終えたあとの、あの“やわらかな余韻”に似ていた。
私は、ふっと微笑んで言った。
「……あなたも、“片付けられなかった”んだね」
女神様は、ほんの少しだけ驚いたように目を見開いて。
それから、はじめて“泣きそうな笑顔”を見せた。
ーーー
気がつくと、私はあの家の前に立っていた。
つたに覆われた扉の前。
手には、白く光る、見たことのない“鍵”が握られていた。
ーーーーーこの世界の、最も深い場所へ。
そこには、きっとまだ片付けを待っている“想い”がある。
私は鍵を見つめ、小さくつぶやいた。
「……これはきっと、“最後の片付け”になる」
けれど私は、もう怖くない。
なぜなら、これまでたくさんの“片付けられなかった想い”と、
ちゃんと向き合ってきたのだから。




