11話
市場での片付けの依頼が続いていたある日。
老人の紹介で、とある老婆の家を訪ねることになった。
村の外れにあるその家は、小高い丘の中腹、まるで誰かを拒むようにぽつんと立っていた。
「……こんにちは。ご紹介いただいて来ました」
呼びかけに返事はなかったが、玄関の扉が静かに開いた。
中から出てきたのは、やせ細った体に白髪を結った、静かな気配の老婆だった。
「……あのジジイが紹介したってのか。変なやつだねえ」
苦笑ともつかない声を漏らして、老婆は中へ入るよう手招きした。
ーーー
室内は、驚くほど整っていた。
家具は少なく、物も必要最低限。床には埃のひとつすら見当たらない。
けれど、その空気は…冷たかった。
生活感はあるのに、どこか“人が住んでいる感じ”がしない。
「きれいにしてらっしゃいますね」
私が声をかけると、老婆はぽつりと答えた。
「物なんて持たなきゃいいんだよ。どうせ、無くなるんだから」
その言葉が胸に引っかかった。
「…何か、お片付けでお困りのことがあるんでしょうか?」
「……困ってるわけじゃない。ただ……あんたのことが気になったのさ」
老婆の目は、真っすぐにこちらを見ていた。
その視線の奥に、“何かがしまわれている”ような気配を感じた。
「……わたし、できる範囲でお手伝いします」
そう言って、私は片付けを始めた。
ーーー
見た目にはほとんど物がなかった。
けれど、押し入れの奥、さらにその奥――
古い木箱がひとつ、布に包まれて隠されていた。
埃を払い、そっと開ける。
中には、古びた日記帳と、奇妙な模様のペンダントが入っていた。
ペンダントを手に取った瞬間――
胸の奥が、かすかに熱を帯びた。
まるで、遠い昔に触れた、誰かの“ぬくもり”が呼び起こされたような。
日記の最後のページには、震えるような文字でこう綴られていた。
ーーー
「あの人の声が聞こえた気がした。
封じられた“神の間”で。
でも、もう行くことはできない。
――この扉を開けられるのは、“ぬくもり”を持つ者だけだ」
ーーー
「……それは、若いころの私のものだよ」
気づくと老婆が背後に立っていた。
「神殿の世話をしていた時期があったんだよ。
……いや、忘れようとしてたんだけどね」
ぽつぽつと語られる老婆の記憶。
若いころに仕えていた“女神の間”。
何か大きな力を封じ、忘れられ、そして見捨てられた神殿。
「思い出したくなかったんだよ。だって……あの時、あの人の声が、たしかに聞こえたのに……助けられなかったから」
老婆の目に、ぽろりと涙が浮かんだ。
私は、そっとその手を取った。
そして、心のなかで◯シダさんの言葉を思い出す。
「不要なものかどうかを決めるのは、他人じゃない」
その言葉を胸に、私は言った。
「……これは、大切なものなんですね」
老婆は、しばらく沈黙していたが、小さく頷いた。
「……もしも、またあの声が聞こえたら……あんたになら、届くかもしれない」
そして彼女は、手のひらにペンダントを乗せ、私に差し出した。
「……持っておくれ。“封じのぬくもり”は、きっとあの扉を開ける鍵になる」
私は、胸の奥が熱くなるのを感じながら、そのペンダントを受け取った。
まるで、小さな“祈り”が、そっと手渡されたように。




