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1話

すいません、ゴミ屋敷が片付いて行く動画を見るのが好きで…つい

――それは、散らかり続けていた心が片付いた日の話。


いつからだろう。

人の目を見るのが怖くなったのは。


たぶんもうずっと…ずっと昔。

新卒で内定が何社も…なんて夢のまた夢だったあの時代――「就職氷河期世代」

私は人生のスタートラインすらまともには踏ませてもらえなかった。


正社員を諦めてフリーターを選んだ人も多い中、ようやく拾われた契約社員の職場で、私は必死に働いた。

人並みに彼氏ができても、だんだん連絡が減ったなと思った頃には、もう別れを決意された後だった。

「君は頑張り屋だけど、ちょっと余裕がないよね」と笑って言った、実家も太くコネ入社だった当時の彼氏――今はもう、顔も思い出せない。


上からは「新人、なんとかしてくれない?」と丸投げされ、

下からは「昔のやり方っすかw」と嘲られた。


私だって、精一杯だったのに。

真面目に、まっすぐ、生きてきたつもりだったのに。


…そうして気づけば、部屋から出られなくなっていた。


 


親に頼れる人はまだ良い。

頼ることもできず、必死に働いて貯めた貯金も底をつきそう。生活保護…受けさせてもらえるだろうか。


それでも朝は来る。

カーテンは開けない。

夜は眠れずにスマホを開いて、動画を見る。

誰かが誰かを叱る音、罵声、ニュース、全部つらくて、気づけば私は、あるチャンネルばかりを繰り返し見ていた。


 


――◯シダさん。

ゴミ屋敷片付け専門業者。


少し小柄だがしっかりした体に、いつも汗をかきながら、笑顔を絶やさない。

誰も近寄りたがらないいわゆるゴミ屋敷へ、まっすぐ入っていく。そして、


「こんなに溜め込んで、お辛かったでしょうね」

「お荷物、いっぱい抱えてきたんですね」

「これからは、少しずつ自分を大事にしましょうね」


 


一度も、「汚い」とか「ひどい」とか、言わない。

笑顔で寄り添って、

あの人は“ゴミ”じゃなくて、“誰かの人生”を片付けているんだ。


私も……

誰かに、あんなふうに言ってほしかったな。


「辛かったね…」


 


そう思った夜、久しぶりにカーテンを開けた。

月がまぶしかった。


そして、次の瞬間、私の視界は真っ白になった。


 


ーーーーーー


 


「――おめでとうございます。あなたは異世界に転生しました」


どこかで聞いたような、軽やかな声が響いた。

目を開けると、そこは木漏れ日の降る森の中。

白い服の女神様のような、少女のような存在が、浮かぶように立っていた。


「あなたの魂は、長く“片付けられず”にいましたね。ですが、あなたは見つけた。

 心の荷物を、まるごと抱きしめる力を」


少女はふわりと微笑んだ。


「あなたに授けましょう。《空間整理》《不要物鑑定》《浄化》《再生》……“癒しの片付けスキル”です」

「これは単なる“魔法”ではありません。あなたの中に眠っていた力――

 誰かを理解し、見捨てず、手を差し伸べる力を“目に見える形”にしたものなのです」


 


ぽかんとする私に、少女は続けた。


「あなたがいた世界に、もう戻ることはできません」

「でも……それは、“もう戻らなくていい”ということでもあります」


彼女の声は、悲しみよりも温かさを含んでいた。


「これからは、あなたが“居場所”を築く番です。

 あの人の言葉に救われたあなたが、今度は誰かを救う番なのです」


 


その言葉の意味を、私はまだ知らなかった。


ただ、森の奥に佇む――

まるで、長年放置されたような、埃にまみれた小さな村の姿が目に入った。


少女――“白い服の女神様”は、森の小道を指さした。

木々の影の奥に、ぽつんと小さな家が見えた。


崩れかけた屋根、割れた窓、剥がれた壁板。

近づけば、古い埃と湿気の匂いが鼻をつく。

それでも、不思議と私は足を止めなかった。


怖くなかった。

むしろ、胸の奥が、じんわり温かくなった。


「……この家を、あなたに」


少女がそう言った瞬間、私は“帰ってきた”ような気がした。

本当は初めて訪れる場所なのに、

どこかでずっと、こんな家を待っていた気がした。


 


扉に手をかける。

キー……という小さな音が、森に溶けた。


埃の舞う空間の中、私はそっとつぶやいた。


「……お邪魔します」


それは、たった一言の呟きだったけれど、

まるで、この家が私の言葉を待っていたように、

静かに、優しく、扉が開いた。


 


“入っていい”と、自然に思えた。

それはたぶん――

この家が、誰よりも先に私を「受け入れて」くれたから。


 


そして私は、心の中でつぶやいた。


 


「……◯シダさん。今度は、…私が片付けます!」


 


それは、

人生という名の“お荷物”を、やさしく抱きしめて片付けていく物語の始まりだった。


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