見た目は子供、頭脳は大人
「……っ!」
ひどい頭痛に襲われながら、意識が浮上する。
ぼんやりとした視界の中、白い天井が広がっていた。
――病院?
腕に繋がれた点滴の管が目に入り、ゆっくりと視線を横にずらす。
そこには、やつれた表情の女性がいた。
顔色は悪く、頬はやせこけ、目の下には濃いクマができている。
けれど、その瞳は涙で潤み、今にも崩れ落ちそうなほどに震えていた。
「薫……!」
私の名前を呼びながら、彼女は腕を伸ばしてくる。
ぎゅっと抱きしめられた。
巨人かと思うほどに大きな身体。
けれど、その抱擁は決して強くなく、どこか恐る恐る触れているようにも感じられた。
――誰だ、この人は。
混乱する。
確かに私は、あのトラックに轢かれ……死んだはずだった。
それなのに、私はここにいて、生きている。
そして――妹はどこだ?
焦燥感に駆られながら病室を見回すと、入り口に一人の少年が立ち尽くしていた。
茶色く染めた髪。
制服のシャツのボタンを二つ外し、どこかチャラついた雰囲気をまとったイケメン。
右目の下には小さな黒子がある。
――知らない顔だ。
やはり、ここに見覚えのある人間は一人もいない。
「……」
女性の腕から解放されると、彼女は慌てたようにナースコールを押した。
「どうしましたか~?」
スピーカー越しの看護師の声に、女性は泣きそうな声で返す。
「娘が……娘が目を覚ましたんです!」
「よかったですね!すぐに先生と伺います!」
娘?
私は思わず耳を疑った。
いやいや、待て待て。私の両親は、ごくごく普通の顔立ちだった。
決して、こんな美人の母親ではないし、彼女はすでに他界している。
一体何がどうなってしまっているのか。
ズキリ、と頭が痛む。
違和感が募る中、ふと自分の手に目を落とした。
――小さい。
思わず、布団をめくる。
そこにあったのは、細く華奢な手足。
膝小僧は骨ばっていて、全体的にやせ細り、まるで栄養失調のような身体つきだった。
指の一本一本まで小さく、肌はきめ細かい。
まるで――子供だ。
「……っ」
嫌な動悸がする。
繋がれた心拍計のモニターが急激に跳ね上がる。
「薫ちゃん、大丈夫よ、深呼吸して」
「薫、落ち着け」
女性とイケメンが駆け寄り、肩をそっと撫でる。
――誰だ、誰なんだ、この人たちは。
しかし、そんな反発心とは裏腹に、心拍数はさらに上がった。
頭痛はひどくなり、吐き気が込み上げる。
身体が震え、寒気がする。
タイミングよく、看護師と医師が病室に入ってきた。
女性とイケメンは部屋を追い出され、私は医師の手でベッドに横たえられる。
「ゆっくり深呼吸してくださいね」
チクリ、と腕に小さな痛みが走った。
――眠い。
あんなに頭が痛かったのに、今は恐ろしいほどの眠気が襲ってくる。
いやだ、眠りたくない。
これは悪い夢だ。
お願い早く夢から覚めて。
目が覚めれば、また病院のベッドで……そして、怒り狂った妹がいるはずなのに。
****
再び目覚めた。
目を開けると、昨日と同じ病院の天井が広がっていた。
そばには妹はいなかった。
――昨日よりも頭はクリアだ。
むくりと起き上がり、手のひらを広げてみる。
小さい。
「あ……」
小さな声を出した途端、その高さの違いに驚く。
かすれていて、妙に幼い。
「嘘だ、夢じゃない……」
震える手で自分の頬を触る。
肌は滑らかで、弾力がある。
まるで、本当に子供のようだった。
否定したくても、現実は目の前にあった。
私は――生まれ変わってしまった。
しかも、赤ん坊ではなく、記憶を持ったままの幼稚園児に。
呆然としながら目を伏せると、3回ノックオンがして、病室の扉が開いた。
点滴を交換しに来た看護師が、驚いたような顔をしてそう言うと、
ベッドに近づき、手際よく点滴を取り換える。
「目が覚めたのね、スミレちゃん。先生を呼んでくるね」
しばらくして、医師が入ってくる。
昨日、私に注射をした医者だ。
そして、車椅子に乗せられながら連れていかれた先は――明らかに、小児科だった。
そこには、ウサギのぬいぐるみを持った優しそうな医師が待っていた。
「はじめまして~!僕はユウキ先生だよ!」
教育番組の歌のお兄さんのような、満点のスマイル。
いやいや、ちょっと待て。
私は今さっき、自分が子供になったと認識したばかりだ。
流石に、すぐに順応するのは無理がある。
「君のお名前を聞いてもいいかな?」
名前……?
昨日、誰かが呼んでいた気がする。
カスミだったか?いや、花の名前だったような……?
「わかんない……」
考えても出てこないので、素直に答えると、ユウキ医師はにっこり笑った。
「そっか、そっか。君はね、スミレちゃんっていう名前なんだよ」
スミレ。薫。
ああ、そうだった。
カスミじゃなくて、スミレだ。
私は、別人として生まれ変わったのだ。
こうして、私の見た目は子供、頭脳は大人の歪な第二の人生か幕を開けた。