兄である自覚と決意
※注意喚起※
本作には 家庭内暴力(DV)、虐待、性的暴力 を含む描写があります。
一部の読者にとって 強い不快感や精神的苦痛を伴う可能性 がありますので、閲覧には十分ご注意ください。
また、読んでいて 耐えられないと感じた場合は、無理せずスキップする ことをお勧めします。
本作は フィクション ですが、深刻なテーマを扱っております。
すべての内容は 自己責任のもと、ご判断をお願いいたします。
俺たちの幼少期は、地獄だった。
日常的に母や俺たちに暴力を振るう父親がいたからだ。
母は必死に俺と妹を守ろうとしていたが、そんな母自身も毎日のように殴られていた。そして父の怒りの矛先が俺や妹に向くことも珍しくなかった。
会社で嫌なことがあった日は最悪だった。
俺と妹は全裸にさせられ、ある時は冷水を浴びせられた。
そしてまたある時は飯は何日も抜き。腹を空かせた俺たちの目の前で、父はわざわざ隣町の県にしかないケンタッキーを購入し貪り食い、その骨を床に投げつけた。
食べ物が他にない俺たちは慌ててそれを拾い、犬のように口に運ぶのを見て、楽しそうに笑っていた。
今思い出すだけでも強烈に憎しみと苦しみが鮮明にわいてくる。
時は流れて俺が中学生になり、妹が三歳になった頃のことだ。
その日、妹は父に突き飛ばされ、ストーブに激突した。
「熱い……痛い!」
声を殺して泣くのが当たり前になっていた妹が、大声で泣き叫んだ。
直ぐに看護師である母親が応急処置で冷水で冷やしていたため、火傷自体は大した事はなかったが、
それよりも感じたことない痛みに驚いての反応だろう。
近所の誰かが妹の悲痛な叫びを聞き、警察を呼んでくれた。
警察が到着すると、妹は母とともに病院へ搬送された。俺と父は家に残された。
俺はチャンスだと思った。警察が家に来たのだ。
「これでようやく助かるのだ!」と悟られないよう心の中で歓喜し、父親に心の中で中指を立てた。
――しかし、期待は直ぐに裏切られる。
明らかに暴力の痕跡があったが、父は外面がいい。
俺の傷を指摘されても「男の子なんてみんなやんちゃでしょう?」と笑い、妹の火傷についても「私も心配なんですよ、嗚呼、今直ぐにでも病院に駆けつけて行きたいのに」と芝居じみた声を出した。
元々、役者を目指していたらしい。反吐が出るほどの名演技だった。
運悪く、家に残ったのは若い警官と婦警だった。
父の口のうまさに丸め込まれ、警察は何事もなかったかのように引き上げた。
俺は、助けを求めることすらできなかった。
それからはいつもの日常に戻った。
家は相変わらず地獄だったが、母は必死に耐えながら貯金を続けていた。
「必ず、みんなで家を出よう」
傷だらけの俺たちを抱きしめ、母は泣いていた。
俺も、こんな家、早く出たかった。
そして、事件が起きた。
妹が小学一年生になった頃、俺は高校生になっていた。
アルバイトができるようになり、少しずつ自由を知った。
友達の家や彼女の家に泊まることが増え、家に帰ることも減っていった。
心のどこかで、
「父は妹を殺したりしないだろう」
「小学生になったんだから、なんとか耐えられるだろう」
そう思っていた。俺だって耐えてきたのだから、と。
妹がいるせいで、俺はこの家を出られなかった。
――そんな理不尽な怒りを、妹に向けていた。
俺が家に帰ったのは、ある夜のことだった。
その日、浮気がバレて彼女(だったのか、セフレだったのかも曖昧な関係の女)に家を追い出され、仕方なく帰宅したのだ。
玄関には、小さな靴と黄色い帽子が脱ぎ捨てられていた。
そして、父の靴の横に、見覚えのない男物の革靴があった。
――嫌な予感がした。
俺は、リビングに足を踏み入れた。
父はソファに腰掛け、くつろいでいた。
そして――
冷たい床の上、妹が死体のように横たわり、見知らぬ中年の男がその体を撫でていた。
言葉を失った。
男は妹のTシャツをめくり、あばらの浮き出た腹を撫でている。
妹は、何の感情もない目で俺を見ていた。
「ん~今日もかわいいね、スミレちゃん。さて、今日の下着は何色かな?」
この言葉で、すべてを悟った。
これは一度きりのことではない。何度も、何度も、繰り返されていたのだ。
――血の気が引いた。
――同時に、怒りがこみ上げた。
気づけば、近くにあったガラスの灰皿を握りしめ、振りかぶっていた。
ガシャン!!
リビングに血が飛び散る。
男が倒れ、苦しそうに呻いた。
「痛い、痛い……!」
俺は無言で蹴りつける。
父が立ち上がろうとするのを、躊躇なく踏みつけた。
妹に手を差し伸べた。
「薫、ごめん……」
だが、妹は怯えた目で俺を見つめた。
「怖い……やめて……」
俺が助けに来たんだと伝えようとしたが、妹は震えながら後ずさり、足を滑らせて転倒した。
頭を壁に強く打ちつけ、ピクリとも動かなくなる。
「薫!!」
俺はすぐに救急車を呼んだ。
妹の“売られかけた”行為によって、父と男は逮捕された。
運よく、父は俺に包丁を向けていた。そのおかげで、俺は正当防衛としてすぐに釈放された。
病室で久々に母と再会した。
彼女はずっと、妹のそばで涙を流していた。
妹は二週間後に目を覚ました。
だが――
「……あなた、誰?」
医者によれば、強烈なトラウマによる防衛反応で記憶を失っているという。
それなら、むしろよかったのかもしれない。
母の貯めた金で、俺たちは東京へ引っ越した。
俺は決めた。
――二度と、妹を傷つけさせない。
俺が、家族を守る。
たとえ、妹の記憶が戻らなくても。
たとえ、償いきれなくても。
俺は、強くなる。
何があっても一生妹を守り続ける。
どこか虚ろな妹の小さな手をぎゅっと握りしめて俺は誓った。