生徒会へ報告 紅野エリカ
「うわぁ~、緊張してきた……」
申請書の入った封筒を胸に抱えながら、私は生徒会室の前で立ち止まった。
木製の重厚なドアに耳を当ててもドアの向こうからは話し声がしない。
せめてウィリアムがいてくれるだけでもだいぶ違うんだけど…
――薫ちゃんは陽人先輩に相談事があるからと言って、今ここにはいない。
いつも必ず困っていたら助けてくれるはずの子が居なくて心細い。
とは言え、今日は事前申請を提出するだけなんだから。一体何を怖がる必要がある。
軽く深呼吸をして、ドアをノックする。
「……どうぞ」
低くて静かな声。ちょっと怖い。
「失礼しますっ!」
そういって入室すればそこには生徒会長神代京雅先輩だけがいた。
ウィリアムも、ほかのメンバーも誰もいない。
「1年B組、紅野エリカです。アルバイト申請書の提出に参りましたっ!」
思ったより元気よくなりすぎた声に自分で驚いたけど、後には引けない。
生徒会長のは、中央のデスクで書類に目を通していた。
その手を止めて、視線だけこちらに向ける。
「……申請書。」
「はいっ!」
封筒を差し出すと、会長は無言でそれを受け取り、目を通し始めた。
静かな室内。
「学業成績…初めの小テストより大幅に回復傾向。……担当教員、保護者ともに承認済み」
会長の声は淡々としていて、感情の波がまったくない。
「バイト先は“ミルククラウンカフェ”。……ふむ」
一瞬、視線が上がった。鋭い目が私を射抜く。
「……ひとつ、釘を刺しておく。薫の足を、引っ張るな」
「……っ!」
心臓がきゅっと縮こまる。
「彼女は、学業・部活動・家庭状況のバランスを見て、慎重に計画を立てている。君が不用意な行動を取れば、その計画ごと崩れることになる」
「……わ、私、そんな――」
「“つもり”で許される世界ではない。……自覚はあるのか?」
言葉が出なかった。
――たしかに、私はいつも誰かに助けられてきた。
失敗しても、笑って許される“紅野エリカ”だった。
だって彼女は“紅野エリカ”のサポート役なんだから。
「……わかってます。だから、私なりに頑張ります。」
ギュッと両手を握りしめて答えると、会長はしばらく私を見て、それから静かにペンを走らせた。
「……では、月末に進捗確認。学業成績が著しく下がった場合、即時中止。いいな」
「はいっ!ありがとうございます!」
私はぺこりと頭を下げ、申請書の控えを受け取る。
会長はそれ以上、何も言わなかった。
ドアの外に出ると、思わず大きく息をついた。
心臓がまだドキドキしてる。
生徒会長の目が酷く苦手だ。すべてを見透かしているあの目が。
「はあ、疲れた…」
生徒会室から出れば、学校内の至る所から声がする。
こっそり呟いた声は、校舎の喧騒にあっという間に飲まれていった。




