私であった最後の人生
——そうだ、私が死んだのは3月だった。
その日は、妹の誕生日だった。
私たちは早くに両親を事故で亡くし、高卒の私の収入では、狭いアパートと二人分の生活費で精一杯の暮らしをしていた。
大学に通う妹は、自分で学費を払いながら、バイト漬けの日々を送っていた。
そんな彼女が唯一の娯楽として楽しんでいるのが——乙女ゲーム。
「折角の大学生なんだし、彼氏の一人や二人作ればいいのに」
そう言うと、彼女は気味の悪い笑みを浮かべた。
「むふふふ、姉にはわかるまいよ」
新作の乙女ゲームを、大事そうに胸に抱えながら、誇らしげな顔をする。
「今、私は!! 高校生を謳歌してるんで!! ぐへっへへ」
可愛い顔をしているのに、なぜそんな笑い方をするのか。
夜中にゲームをプレイしているときも、あの笑い声が何度か漏れていた。
彼女の春はまだまだ先だろうなと、ほんの少し残念な気持ちと、安堵の気持ちが混ざる。
——話を戻そう。
今日は、そんな妹が愛してやまないゲームの続編が発売される日。
春から新入社員となる妹は、スーツやオフィスカジュアルな服など新社会人の準備の出費が重なり、給料日前でゲームを購入する余裕がなかった。
だから、彼女が今世紀最大に欲しがっていた乙女ゲームの続編を、予約特典と一緒に購入してプレゼントしてあげようと思ったのだ。
ちなみに今回のゲームは、前作のアフターストーリー。
大幅にバージョンアップしたそれは、内容もかなり際どいらしく、発表直後は大きな反響を呼び、
妹も大興奮でキャラクターの魅力について熱弁していた。
大半の話は理解できなかったが、「彼女がこれをどうしても欲しがっている」ということだけは、はっきりと分かった。
上司に残業を言い渡されそうになったが、先輩が気を使ってくれ、早々に退社させてもらった。
そのおかげで、仕事終わりに、時間通りにアニメストアで予約していたゲームを受け取ることができた。
ゲームを受け取った後は、妹が好きなビターのチョコレートムースケーキを、幼少期からお世話になっている小さなケーキ屋で受け取る予定だった。
初めて訪れるアニメストア。
店内では、ゲームの発売を心待ちにしていた乙女たちが列を作っていた。
その列に並び、目的のゲームソフトと、予約特典のドラマCD、そして用途不明の監禁グッズを店員から受け取る。
その瞬間、愛らしいゴスロリパンクな女性店員が、生温かい目でこちらを見てきた。
黒いエプロンには、たくさんのキャラクターの缶バッジがついている。
——店員は、ものすごく何か言いたげだ。
だが、ぐっとこらえている様子。
よくわからない反応に戸惑い、ものすごくいたたまれない。
というか、最近のゲームってこんなものが特典につくのか……と、かなり恥ずかしい。
これも愛する家族のため、と恥ずかしさを隠すようにマフラーに顔をうずめる。
受け取ったパッケージを見れば、
学園ものの設定で、説明には「学業、部活、生徒会、アルバイト、モデル——あなたは誰とどんな青春を過ごす?」と爽やかなキャッチコピーが書かれている。
しかし、パッケージの端々には血痕や鎖のイラストがあり、
裏面の場面カットには——
光を失った目で黒髪のショートボブのお人形を抱える眼帯の青年。
狂ったように笑うハーフ顔の青年。
何とも香ばしい雰囲気が漂っていた。
——ド偉いものを買ってしまった。
初めてエロ本を買った青年の気持ちが、少し理解できた気がする。
透けない真っ黒いビニール袋に入れてもらい、次の目的地であるケーキ屋へと向かう。
道中、
——最近の乙女たちは、普通の恋愛では満足できなくなってしまったのだろうか?
そんなことを考えながら信号待ちをしていると——
突然、横から凄まじい光が視界を焼いた。
反射的に目を細める。
目の前に迫るのは——トラック。
気づいた瞬間、轟音。
爆音の数秒後、意識が暗転する。
——私は、たった一人の家族である妹の、22歳の誕生日を祝うことなく死んでしまった。
両親を亡くし、二人きりで生きてきた。
まさか、こんなにあっさりと。
そして、こんな唐突に。
別れの言葉も告げることなく、妹を残して死んでしまうなんて——。
よりによって、彼女の誕生日の日に。
それが、ただただ悔やまれる。
——でも、きっと大丈夫だ。
ここ最近の妹は、一人暮らしの準備を進めていた。
優秀で、かわいい彼女のことだ。
すでに大企業の内定も決まっている。
きっと職場でスーパーエリートと出会って、恋に落ち、結婚するのだろう。
ゲームはほどほどに、どうか、幸せになってくれ。
それだけを強く、強く願いながら——私は、意識を失った。