ランチタイムは王子様達と
入学式から二日目。今日から本格的に授業が始まった。
……所詮は乙女ゲームに出てくる高校一年生。勉強なんて、楽勝だと思っていた。
でも現実は違った。英語の授業は、まさかのイギリス人教師によるオール・イングリッシュ。
数学と化学も、記憶にないレベルで難しい。こんなのやった記憶、私の中のどこにも存在しない。
(……やばい、これは薫ちゃんに勉強、教えてもらわなきゃダメかも)
けど、私の中のプライドが激しく抵抗する。
だって私は大学を出た社会人だ。対して薫ちゃんは、まだ高校一年生。
勉強くらい、できて当然じゃないの? ……たぶん。
そんな情けない思考を引きずったまま、待ちに待った昼休みがやってきた。
陽の光が差し込む中庭、その特等席。
おしゃれな木製のテーブルとベンチが並んだそこは、
まるで学園の王子と姫たちのために用意された舞台のようだった。
もちろん、その指定者はウィリアム。
「今日も素敵な天気だね、エリカ、薫ちゃん」
ウィリアムが爽やかな笑みを浮かべる。
金髪の髪が光を受けてきらめき、青い瞳には、太陽の光が反射して緑がかって見えた。
そこには王子様がいた。そんな言葉が頭に浮かぶくらい、絵になる光景に、思わず私は見惚れてしまう。
「そうだね。エリカちゃん、昨日も楽しみにしてたもんね」
「え、うん? はいっ!」
反射的に出た意味不明な返事に、ウィリアムがくすりと笑う。
「なにその返し。いつもなら照れて怒るくせに」
口元に手を添えて、上品に笑うその姿に、私は一瞬で我に返った。
(やばい……完全に、素だった。紅野エリカを演じきれていない……!)
動揺でお弁当箱を持つ手に力がこもる。
そんな私に、隣の薫ちゃんがにやりと微笑んだ。
「ねえ、“あのこと”言ってもいい?」
その一言に、背筋が凍った。
“あのこと”? あのことって何!?
何を言おうとしてるの、薫ちゃん?
「や、やめてよ……!」
「いいじゃん、別に」
「え、なに? どうしたの?」
ウィリアムが興味津々といった表情で私たちを見つめる。
「実は――」
薫が話し出しかけたその瞬間、私は彼女の口をとっさに手で塞いだ。
驚いたように見上げてくる薫ちゃん。
その瞳に映った私は、ものすごい形相をしていた。
「おっ、ここにいたのか」
その緊張感をぶち壊すように、涼しい声が背後から飛んできた。
現れたのは、紅野エリカの脳内で“女装美形先輩”とカテゴライズされている陽人先輩。
「えっ、……陽人?」
驚きで手が緩んだ瞬間、彼は私の額にデコピンを食らわせた。
「“先輩”だろ? せ・ん・ぱ・い」
「……あれ、珍しいね。陽人が教室以外でご飯食べるなんて」
ウィリアムが首をかしげる。
「まあな。ちょっと薫氏に用があって来たんだけど、なにこの状況?」
今にも襲いかかりそうな私の姿に、訝しげな目を向ける陽人。
「いや、なんでもエリカが“何か”隠してるみたいで」
「へぇ? それで口封じをしようとしてたのか~」
陽人は私の向かいの席に腰を下ろし、頬杖をついてからニヤリと笑った。
「で?」
無言の圧がすごい。
私は思わず手を引っ込めて、座りなおす。
「……あの、陽人先輩もウィリアム君も、エリカちゃんの事、絶対笑わないでね?」
薫ちゃんはそっと私の太もも叩いて案視させようとしていた。
その行動に、私への敵意はないと分かり、徐々に冷静さを取り戻す。
「笑わない、笑わない」
陽人は明らかにおもしろがってる笑みを浮かべ、ウィリアムも大型犬のように何度も頷いた。
(……もう、薫ちゃん、裏切ったら本当に許さないからね!?)
私は心の中でにらみをきかせつつ、流れに身を任せることにした。
もしかしたら、この状況から抜け出すヒントになるかもしれない。
「実はね、エリカちゃん……“高校デビュー”を目指してるんです」
薫がにこやかに口を開く。その瞬間、私は「ああ」と納得した。
「高校デビュー?」とウィリアムは首を傾げた。
「はい。時代は清楚系、だそうで。心機一転、淑女を目指してるそうですよ」
「ぶはっ!」
笑いをこらえきれず噴き出したのは陽人だった。
「じゃじゃ馬のエリカが、淑女!? ないない!」
目に涙を浮かべて笑い転げる。
ウィリアムもぷるぷる震えながら「笑っちゃだめだよ……ぷぷっ」とこらえきれていない。
なるほど、これなら仮に素の私が出てきても、エリカを演じきれなくても、キャラ変を理由にすれば乗り切れる!
薫ちゃんとアイコンタクトを交わして、私は大きく嘆いた。
「もー! 言わないでって言ったじゃん!」
ようやく、それっぽく“エリカ”らしく振る舞えた気がした。
「で、なんで急に淑女なんか目指す気になったの?」
陽人が涙を拭いながら尋ねてきた。
「……秘密です」
不貞腐れたように言い、私はお弁当を広げる。
その様子を見て、ウィリアムもお弁当箱の蓋を開けた。
和やかな空気の中、話題は自然と変わっていった。
というより、薫ちゃんがそれとなく誘導していった。
「それで、陽人先輩は私に何かご用だったんですか?」
「ああ、そうそう。なんで図書委員じゃないの?」
先ほどまでのふざけた態度が一転、陽人はしょんぼり気味に上目遣いで薫を見る。
「ごめんなさい、保健委員会になりまして。休んでいる間に、決まっちゃってて……」
「休んでた?」
「はい。入学式の後に体調を崩して、昨日はお休みだったんです」
その言葉に、陽人の顔から一気に冗談っぽさが消える。
「……もう、大丈夫?」
「はい、元気になりました。ご心配ありがとうございます」
薫が微笑むと、陽人はほっとした顔を見せた。
私は唐揚げを頬張りながら、二人のやりとりを眺める。
どうやら陽人は、図書委員で薫と一緒に活動するのを楽しみにしていたらしい。
当番の日には会いに来てくれ、と念押ししていた。
「でさ、なんでいきなりキャラ変しようとしたの? ……もしかして、好きな人できた、とか?」
ウィリアムがそっと耳元でささやいてきた。ほんのり赤い頬に、こっちが照れる。
私は返す。
「ひ・み・つ!」
ちょっと大きめの声で囁いてやると、ウィリアムはしょんぼり顔でご飯を見つめた。
(……昨日の颯真の冷たい視線、思い出したけど……薫ちゃんがいるなら、なんとかなる)
私は少しだけ肩の力を抜いた。
きっと薫ちゃんに裏切る理由なんてないはずだ。あんな態度をとった自分に、ちょっと反省。
四人で囲むランチタイム。
保健委員の話や、生徒会の準備など、話題はあちこち飛びながらも、穏やかに時間が流れていく。
……多少の波乱はあったけれど、美形男子たちと食べるランチタイムは、やっぱり最高だった。
これが毎日続くなら、午後の授業も、ちょっとだけ頑張れる気がする。




