サポキャラと聖地巡礼
目を覚ませば、やはりまだ見慣れない高い天井がそこにあった。
まるで誰かの夢の中にいるような──そんな気分だった。
昨夜、薫ちゃんからメッセージが届いた。
「明日、周囲を一緒に散策しない?」というお誘いだった。
彼女の思いやりがうれしくて、私はすぐに「ぜひ」と返した。
だけど、彼女は本当に高校生なんだろうか?
知的で、冷静で、どこか年上のような落ち着きを持っている。
本来なら、私のほうが人生経験も長いはずなのに、彼女の方がずっと大人に見える。
──きっと、これが「サポート役」の気質なんだ。
灰葉薫という少女は、原作ゲームにおいてはとても不憫な存在だ。
紅野エリカのハッピーエンドの先に、彼女の姿が存在しないエンドがいくつもある。
正確には、薫という存在と引き換えに得る幸福。
それが、兄弟ルート、つまり蓮や颯真とのエンディングだった。
そんな彼女が、昨日から献身的に私のフォローをしてくれている。
だが、私が望む大団円のエンドに、果たして彼女の笑顔はあるのだろうか?
誰一人として死んでほしくない。
みんなに幸せになってほしい。
そして何より、私自身が……みんなから愛されたい。
染み一つない天井を見上げながら、そんな願いを巡らせていたとき、
チャイムの音が静寂を破った。
──あ、そうだった。薫ちゃんが来るんだ。
私は昨夜のうちに用意しておいたワンピースに手を伸ばした。
人生で一度も着たことのないような、高級感のある柔らかな生地。
小さな鞄を手に取り、玄関へ向かうと、家政婦さんに笑顔で挨拶を交わす薫ちゃんの姿があった。
「おはよう、エリカちゃん」
「おはよう、薫ちゃん……!」
昨日練習したはずの笑顔は、まだぎこちない。
そしてつい、反射的に口から敬語が出てしまう。
「ご、ごめん。すぐ用意するから、リビングで待っててください!」
「あら、そんなにかしこまらなくても。怒ってないから、ゆっくり準備してね」
そう優しく言いながら、彼女は目線で洗面所の方を示してくれた。
着替えを終え、靴箱に並ぶたくさんの靴の中から、目についたローファーを手に取る。
「いってきます」と口にしたとき、不思議と胸がくすぐったくなった。
家政婦さんが「いってらっしゃいませ」と笑ってくれたことに、ほんの少し救われた気がした。
家を出ると、薫ちゃんが早速話しかけてきた。
「あなたが言ってた“ゲームの世界”で、よく行く場所ってどこ?」
「学校と、公園と……事務所と、バイト先……それから……」
途中で口をつぐむ。そうだった。
この時点では、颯真はまだスカウトされていないし、隼人にも出会っていない。
彼女が知るはずもないのだ。
「気にしないで! えっと、公園と、学校と、図書館と、映画館……かな?」
「なるほど。昨日は混乱してたし、まずは公園と学校ね。そのあと駅前でランチして、図書館と映画館を覗いて帰りましょう」
さあ、行きましょう。と歩き出す彼女の背中を追いながら、私は少しだけ胸を張った。
道中、薫ちゃんは攻略キャラたちとの関係性についても教えてくれた。
ウィリアムくんとは小学生のころからの友人で、彼の過去を知る数少ない存在が私と薫ちゃんだという。
それはゲームでも重要なポイントだった。
完璧に見える王子様のような彼にも、劣等感やトラウマがあり、それを理解し受け止められる存在として、エリカが必要だったのだ。
「エリカちゃんは、ウィリアムのことは呼び捨てよ。彼もあなただけには砕けた口調で話すの。堂々と、強気にね」
確かに、ゲーム内のエリカはそうしていた。
だが、私が現実にそれを真似るのは……あまりにも緊張する。
薫ちゃんと一緒に向かった先は、公園だった。
この公園は、エリカと多くの攻略キャラとの思い出の場所でもある。
ベンチに腰を下ろし、彼女と静かに話していると、自然と気持ちも落ち着いてきた。
そして、気づけばお昼どきになっていた。
「お腹すいたわね。おすすめのカフェがあるの。行きましょ」
その言葉に導かれ、たどり着いたのは“ミルククラウンカフェ”。
原作ゲームでは、エリカがバイトを始め、隼人と出会うきっかけとなる場所。
「こんにちは」
「やあ、薫ちゃん。今日はご友人と一緒かい?」
「そうなの。こちら、親友のエリカちゃん」
「は、はじめまして」
「こんにちは。ゆっくりしていってね。いつもの席、空いてるよ」
彼女は迷うことなく、窓際の奥の席へと向かった。
そこは、柱に隠れてほとんど個室のような空間だった。
「ここなら、会話も周囲に聞かれないわ」
彼女はにっこりと笑って言った。
その笑顔が、あまりにも人間らしくて──ああ、この子は本当に生きてるんだ、と思った。
「どうしたの?」
「ううん……アジトみたいだなって」
そんな私の呟きに、薫ちゃんはくすくすと笑った。
たしかに、秘密の作戦会議にはぴったりの空間だった。
「まずは食事して、それから整理しましょう」
やがて、マスターが水とメニューを運んできてくれた。
私はオムライスを、薫ちゃんはグラタンを選んだ。
これが、この物語の本当の始まりだった──。




