母親との対面
隣町の大きな病院に着くと、ロビーには酷くやつれたエリカちゃんのお母さんがいた。
一年前の入学式の時、彼女は肌の艶も良く、まるで30代前半にしか見えない美貌を持っていた。
しかし今は、目の下に深い隈をつくり、食事を取れていないのか肌は荒れ、髪も艶を失っていた。
それでも、元の造形が整っているため、どこか儚げな美しさが残っていた。
「エリカちゃんのお母さん……」
「ああ、薫ちゃん……」
彼女は私の肩にすがるように抱きついてきた。
その細い腕からは想像もつかないほどの強い力。
母親としての強い意志が、痛いほどに伝わってくる。
彼女のたった一人の娘がこの世界を去ったのだ。
そしてそれは理不尽に奪われたかもしれない。
戸惑い、怒り、強い悲しみと重苦しい思いが彼女を雁字搦めにしているのだ。
かける言葉が見つからず、私は自分よりも少し高い彼女の背中をそっと撫でた。
病院の入り口付近で抱き合っている私たち。
そして、そのすぐそばでスポーツウェアを纏った長身の青年が見守っている。
ミステリアスな雰囲気を持つ彼の存在が目を引くのか、周囲の視線がちらほらと集まる。
少し気恥ずかしくなって、私は彼女の背中をポンポンと軽く叩いた。
それに気づいたのか、彼女はようやく私から離れ、そして隣に立つ逸君の存在に気付き、僅かに警戒の色を滲ませる。
「初めまして、灰葉さんと同じクラスで、エリカさんとも仲良くさせてもらっていた劉逸飛です」
彼は穏やかな表情で簡単に自己紹介をすると、深く悲しむような眼差しで続けた。
「エリカさんとは、文化祭の実行委員会の時に親しくなりました。この度は、なんと申し上げれば良いのか……」
「そう……劉君ね。エリカと仲良くしてくれて、ありがとうございます」
最初は戸惑いを見せていた彼女だったが、彼の気遣わしげな態度や落ち着いた話し方、そして圧倒的な顔面力により、すんなりと警戒を解いたようだった。
それよりも、この非常事態に駆けつけてくれたことが、彼女にとっては何よりも嬉しかったのかもしれない。
「紅野さん、ご案内します」
白衣を纏った白髪の医師が近づいてきた。
40代で眼鏡をかけており、整った顔立ちをしており、知的で冷たい印象だ。
私たちは挨拶もそこそこに、彼の後を追う。
道中、その医師は一言も話すことなく、冷たい雰囲気を纏っていた。
病院の地下にある霊安室へと続く廊下は、薄暗い蛍光灯が照らし、ところどころ点滅を繰り返していた。
心なしか肌寒く、歩くたびに響く人数分の足音が、不気味さを際立たせる。
ふと、隣にいる逸君を見ると、彼は何かを警戒するように、そっと私の袖を握った。
——怖いのかも。
いつも自信家で頼もしい彼の、意外な一面を垣間見た気がして、ほんの少しだけ怖さが和らいだ。
「もしかして怖いの?」
と声を潜めて問えば、無言で腕を抓られた。
抓られた箇所がほんの少し赤くなってジンジンする。
「こちらです」
医師は機械のような無機質な声で告げ、霊安室の前で立ち止まる。
そこに掲げられたプレートには、重々しく「霊安室」と刻まれていた。
冷たい金属の取っ手に手を掛け、ゆっくりと開かれる扉。
中へ入ると、独特な臭いが鼻を突いた。
腐った卵のような、生臭いような、そして薬品のエタノールの刺激臭が混ざり合った——
二度と嗅ぎたくないような臭い。
彼女が死んでからもうすぐ一週間が経過する。腐敗が進んでいるのだろう。
無機質なクリーム色の壁の中央には、白い台が置かれており、その上には純白のシーツがかぶせられていた。
人の形をした膨らみ。
頭の方の壁には簡素な祭壇が設置され、両脇には供えられた花。
中央には線香やろうそくを立てるための台が置かれている。
「この度は、誠にご愁傷さまでした」
医師が深々と頭を下げる。
私たちも、それに倣い、静かに頭を下げた。
そして医者はエリカちゃんに両手を合わせて一礼して、そっとシーツを捲った。