生意気な白鳥と昼休み
入学当初、やはりというか当然というか、私はちょっとした有名人だった。
父が人気俳優、母が夕方の顔——そんな背景を持つ私には、生徒たちの視線が自然と集まる。
一体どこで知ったのか、それともこのヴィジュアルの良さで分かってしまうのか。
まあ、おそらくは珍しい苗字のせいなのだが…
兎に角、私はその熱気がうざったくてたまらなかった。
「エリカちゃんって、あの俳優の娘でしょ?」
「ママがファンなの〜!」
「ねえ、チケット手に入らないかな?」
私に寄ってたかる子はミーハーな興味が大半だった。
経錬学園は難関私立校。お金持ちの子も多く、中には私に張り合ってくる子もいた。
「え〜エリカちゃん、かわいいだけじゃなくて勉強もできるんだ〜すご〜い。私はね~」
もちろん、顔は両親に感謝してるけど、勉強? それは違う。
私は元からできるわけじゃない。あれは血の滲むような努力の結果で、今でも勉強は苦痛以外の何ものでもない。
でも、頑張る理由がある。薫と、これからの未来もずっと一緒にいたいからだ。
薫はたぶん、どんな進路でも友達でいてくれるだろう。けれど——
中学というたった三年間でも、学校が違えば会う時間は一気に減ってしまう。
もし受験に失敗していたら、薫との日々がもう二度と戻らないかもしれなかった。
そう考えるだけでゾッとする。
この経錬学園はエスカレーター式で、そのまま大学まで進学できる。
今受かっておけば、あとはそこまで無茶な成績を取らなければ大丈夫。
高校受験? 私には無理。だからこそ今、ここで合格できたことが奇跡だった。
——ただ、一つだけ問題があった。
クラスが、薫と別れてしまったのだ。
薫はA組、いわゆる特進クラス。カリキュラムも周囲の雰囲気も段違い。
さすが薫、と思うと同時に、その才能を恨めしくも思った。
天才が努力してんのに、凡人以下の私にどうしろと?
思えば、小学校時代から薫には助けられてきた。
私は言葉がストレートで、空気も読まない。
気づかないうちに人を傷つけてしまうこともあった。
でも薫は、いつもそれをそっとフォローしてくれていた。
何気ないフォローなのだ。あとから友達に教えてもらってようやく気付くことも多々あった。
——でも今、私は一人。私はB組だから隣のクラスには薫がいるけど、とても遠く感じる。
入学してからの1週間は薫のいないクラスで、借りてきた猫のように、ひたすら愛想を振りまく毎日だ。
「エリカちゃんのお父様、昨日ドラマに出演されてたわよね」
「サインもらってもいいかしら?」
と、お嬢様たちの会話に耐える昼休み。
顔は笑っていても、心では『早く開放して!』と大絶叫していた。
おもちゃを買ってもらえない子供のように駄々をこねてイヤイヤしたい。
そんな心情を察したのか、お嬢様たちは特に興味もなかったパパの会話を切り上げて別の会話を投げてきた。
「まあ、そろそろお昼ですわね」
「エリカちゃん、食堂へ行かれるの?」
「わぁ〜ごめんなさい。今日はお友達と約束があるの。おほほ」
革の鞄から、ミサトさんが作ってくれたお弁当を取り出し、上品に一礼してその場を去る。
——決して廊下は走らず、全速力の競歩で薫の元へ向かった。
私たちは中庭の端にあるベンチで毎日お昼を一緒に食べるのが習慣になっていた。
ここはあまり人目に触れない穴場スポット。
大きな桜の木の向こうに薫の姿が見えた、……と同時に、男の声が聞こえた。
まさか、ナンパ!?
誰よ!? 薫の魅力に気づいた男子がもう現れたの!?
思考が真っ白になった次の瞬間、私はその男に渾身のタックルを決めていた。
「うわっ」
体勢を崩す男。しかし、あっさりと肩をつかまれ、制止される。くっ……男女の差……!
「薫に迷惑かけないでよ、エリカ」
その声と顔を見て、私は目を見開いた。
そこに立っていたのは——まるでおとぎ話から抜け出してきたような、典型的な王子様のような男の子だった。
春の日差しに照らされた金髪はさらさらと風に揺れ、瞳は深い緑と青が複雑に入り混じった、まるで宝石のような色彩を放っている。
白く整った肌には、ほんのりと浮かぶそばかすがあどけなさを添えていて、完璧な美貌にちょっとだけ愛らしさを加えていた。
「……は? あんた、ウィリアム?」
思わず口に出してしまった。
受験前まで頻繁に連絡を取っていた、あの小太りで前髪が長くて、ニキビに悩んでたウィリアムが——まさかこの王子様に進化してるなんて、誰が想像するわけ?
「整形したの?」
反射的に出た言葉のあと、次の瞬間——
「イタッ!!」
びしっ!と額に鋭い衝撃が走った。
デコピン一発。痛すぎて涙が出るっ!
「久しぶりの挨拶がそれ?」
と、ウィリアムは腕を組んでこちらを見下ろしてくる。
スラリと伸びた手足。モデルみたいなプロポーション。そして、その顔。顔!!
「……久しぶりね、ウィリアム」
「うん、久しぶり。エリカ、入学おめでとう」
「……ありがと。ていうか、なんでウィリアムがここにいるの?」
すると、隣にいた薫がちょっと申し訳なさそうに口を開いた。
「実はね、ウィリアム君も今年から学校に転校してたんだって。ほんとはエリカちゃんにも伝えたかったんだけど、『面白いから内緒にしてて』って言われちゃって……」
「……へぇ、そうなんだ……」
安堵と同時に、心の奥底から沸き起こる怒り。
落ちてたら、一生ネタにされてたじゃん……!あぶなっ。
「なんだか、反応薄くない?」
「ウィリアム君がこんなにかっこよくなったから、エリカちゃん、きっと照れてるんだよね?」
「照れてないっ!」
思わず反論したけど、自分でもわかる。
……顔、たぶん真っ赤だ。分が悪い。
「もう!短い昼休みが終わっちゃうよ。ごはん食べよ!」
「うん」
「そうしよっか」
「ねぇ、なんでウィリアムまで一緒に来るの? 私、薫と二人で食べたいんだけど?」
「はいはい、照れない照れない」
ウィリアムのくせに……生意気なんだからっ!
でも、その日以降、私は知ることになる。
この瞬間から——ウィリアムが卒業するその日まで、昼休みは三人でごはんを食べるのが当たり前になるってことを。




