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前途多難な中学受験

今年は寒さが長引いた影響か、桜の開花が例年よりも遅く、満開の中での入学式となった。


新しく建てられた校舎の前で、入学式の看板を背景に薫と並んで記念写真を撮る。

「……本当に、よかった」

この一年間の努力が報われた瞬間に、こみ上げるものを堪えきれず目頭が熱くなる。


すべての始まりは、ちょうど一年前のクリスマスにさかのぼる。

薫ママが、とある有名弁護士事務所に勤めるスーパーエリート弁護士と再婚することになったのだ。


当初、薫はエリカたちと同じく公立中学への進学を予定していた。

もちろん、私――エリカもそれが当然だと思っていた。


だが、薫は運動こそ苦手だが、勉強においてはずば抜けた才能を持っていた。

塾にも通わず、テストは常に満点。読書感想文では何度も表彰を受けていた。


再婚相手となる弁護士の“新しいパパ”は、そんな薫をぜひ私立の進学校に入れたいと言った。

中学受験、つまり“お受験”である。


正直、最初は戸惑った。中学で学歴なんて関係あるの?と。

でも、聞けば教育の質や学力だけでなく、生徒同士のつながり――いわばコネクション――が将来の財産になることもあるという。


実際、薫の新しいパパは、小学校受験で入学した名門校の同級生と今でも仕事上の付き合いがあるそうだ。


それを聞いて思った。

薫にとって私立進学校への進学にはちゃんと意味がある。

学費の心配もなくなった今、薫が公立に進むメリットは――正直、ほとんどない。


私はその事実が悔しくて、ママに泣きながら訴えた。

でも、ママは優しく笑って言った。


「薫ちゃんは弁護士でも税理士でも、社長秘書でも似合いそうよねぇ」

――そうじゃないの。そういう話がしたいわけじゃないのに!


悔しくなって、ウィリアムにSkypeで泣きついた。

彼は相変わらずで、「ああ、そこの学校なら帰国子女枠もあるし、転入は可能だね」と薫の話ばかりしていた。

誰も私の味方をしてくれない!


ならば――答えはひとつ。

ごくりと固唾をのむ。

私も受験する。薫と同じ、難関と名高いあの中学を受験する。


帰国子女のウィリアムと、静かに咲く薫が、私を置いて登校する未来なんて絶対にいやだ。

嫌だ嫌だ。両手に花で自慢しながら登校したい!!


決意を込めて、私は大切な卓球ラケットをミサトさんに差し出した。

「ミサトさん、これ、隠して。エリカ、今日から卓球界の姫を引退する」

ミサトさんは困惑しながらも、そっと受け取ってくれた。

こくりと私はミサトさんを見つめて頷いて踵を返して勉強机に向かった。


――現実は甘くない。

小学一年からほぼお絵かき用途だった勉強机に向かってみたものの、何から手を付ければいいかわからない。


帰宅したママに相談したところ、予想以上の大騒ぎになった。

「パパ!大変、エリカが勉強したいって!あのこ本気だったのよ!!あ~うれしい」

「な〜に!?!?」

電話の向こうから、パパの絶叫が聞こえる。

そこからパパは大興奮で、うちのエリカがついに勉強を!と周囲にいるであろう稽古仲間に報告をしている声が聞こえ、スマホを片手に目頭をおさえてうんうん言っているママのスマホを取り上げて速攻通話をきった。

「ママ、本気なの。エリカ、薫ちゃんと同じ学校に行きたいの」

でもママは困ったようにエリカを心配そうに見つめた。

「エリカちゃん……薫ちゃんの目指している学校は偏差値70以上なのよ、」


ふむ。70点を取ればいいってことか?

何度かは取ったことがあるし、いけるかもしれない――と思ったのも束の間。


「違うのよ。小学校のテストは教科書に沿った問題だけど、入試はその範囲を超えた、応用力も必要なものなのよ。学校でトップ3に入るような子たちばかりなの」


トップ3……猛くん、杏寿ちゃん、そして薫ちゃん。


変人ぞろいのその中に食い込もうというのだ。

でも私は諦めなかった。ママに懇願して家庭教師がつくことになった。

***


…そんなこんなで、地獄のお勉強生活が始まった。


エリカが受けなければならない科目は、国語・算数・社会・理科の四科目。

それまでの人生、「どうしてお空は青いの?」「ねえ、お母さん、作者って何考えてたの?」なんて

ふわふわと考えるタイプだったエリカにとって、「覚えなさい」「解きなさい」「繰り返しなさい」は、まるで呪文のようだった。


「作者の気持ちってなに!?」「お父さんの舞台の感想ならいくらでも書けるのにっ!」

「移動する謎の点!?ねえ、私の点数も移動してくれない!?」


夜になると、机に突っ伏してため息ばかりついていた。

一日分の課題が終わらない。間違えた問題の解き直しができない。

眠い、つらい、でも寝たら置いていかれる。

薫ちゃんと一緒に入学できない——その恐怖だけが、エリカをなんとか机に向かわせていた。


ノートには何度も同じ計算式。社会の語句は赤シートで隠しても全然頭に入ってこない。

「エリカちゃん、少し休憩しましょう」と家庭教師の先生に言われても、「いや…もうちょっと…」と唇を噛みしめた。


涙をこらえて数式を書き続けた夜。

理科の天体問題で全然答えが出なくて、テキストを抱えて寝てしまった夜。

夜中に目が覚めて「今寝てる場合じゃないよね…」と、自分を責めながら問題集をめくったことも。


壁に貼った薫との写真。

ふと視界に入るたび、エリカは泣きそうになるのをぐっと堪えて呟いた。


「一緒に、桜の下で笑うって決めたんだから…!」


***

模試でようやく合格判定が出たのは年始。

試験本番は二月。手応えはあった。

面接ではアナウンサーのママと舞台俳優のパパ仕込みのトーク力を発揮し、面接官の笑顔も引き出した。


そして、合格通知が届いたあの日、私は泣いた。

家庭教師たちは号泣し、私は薫に合格を報告した。


「信じてたよ」と、薫はにこっと笑ってくれた。


小学校の卒後日に自分のお気に入りの薫ちゃんの写真を印刷して、

その写真に「信じてたよ♡ 薫」と書いてもらい、私はそれを宝物にした。


そして今日。

満開の桜が、私たちの門出を祝福してくれている。


これから始まる――ドキドキ、ハラハラ、キュンキュンな、エリカと薫の中学校生活。

さあ、物語の幕が上がる。



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