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二人の兄弟

先輩と店長に電話した後、私は泣き疲れて自分の部屋のベッドで眠ってしまっていた。


涙の跡が乾いた髪は、まるで糊でもついたかのようにパリパリと固まっている。

時刻を確認すると、深夜二時。

電話をしたのは夕方五時だったから、随分と眠ってしまったようだ。


ふと気づくと、毛布が掛けられている。

一体誰が掛けてくれたのだろうか。


母は看護師で夜勤のため、午後四時には家を出ている。

母が再婚した父は現在、大阪へ出張中で不在。

となると、毛布を掛けてくれたのは兄か弟のどちらか——。


兄の蓮はとても優しい人だ。

だが、中学生になった頃から思春期を意識してか、私の部屋に入るのを躊躇うようになった。

洗濯物も男女で分けたがるし、恋愛の話をすると赤面することもある。


以前、母が洗濯物をまとめて洗った際、過って私の下着が兄の服に紛れ込んでいたことがあった。

そのときの兄は、見た目に似合わず顔を真っ赤にして、私の部屋の前で固まっていた。


「あ……あの……その……」


と、パンツを手に持ったまま。

当時の私は部活帰りで疲れており、シャワーを浴びてそのまま眠ってしまっていたため、ノックの音にも気づかなかった。

後から聞いた話によると、兄は約一時間も私の部屋の前で立ち尽くしていたらしい。

正直兄はとてもかっこいい。なのに妹のパンツごときで真っ赤にして硬直するのは流石に心配だ。

当時はこんなに美男子なのになぜ彼女を作らないのだろうか、と疑問ばかりだった。


そんな兄が、今さら私の部屋に勝手に入るだろうか?

いや、もしかすると紅野さんのことを気にかけ、心配して様子を見に来たのかもしれない。


弟の颯真は、母の再婚相手の連れ子だ。

両親が再婚したのは、私が中学一年生のときで、彼は小学六年生だった。


思春期真っ只中の年齢で、新しい家族として迎え入れるのは簡単ではなかった。

特に兄の蓮は母の再婚に強く反対しており、颯真が私になつくことをひどく嫌がっていた。


そのため、颯真は気を遣い、兄を「蓮さん」、私を「薫さん」と呼んでいた。

彼が私を「姉」と呼ぶのは、何か頼みごとがあるときだけ。


——運動会を見に来てほしい。

——勉強を教えてほしい。

——モデルの仕事を受けるために親を説得してほしい。



普段、彼が私を頼ることはほとんどない。

だからこそ、たまに甘えてくれると、私はとても嬉しく感じてしまう。


彼は、私たち兄妹とは違って、ぱっちりとした二重まぶたの持ち主だった。

笑うと目が三日月のように細まり、それがまるで猫のようで、とても愛らしい。


中学三年生になった彼の成長は目覚ましく、身長はすでに170cmを超えている。

まあ、父が180cmもあるのだからまだ伸びるだろう。


颯真は昔から私になついており、優しくしてくれる。

今年から同じ高校に通うことになったし、彼女と同じモデルの事務所なのだから

紅野さんの件もすぐに耳に入っているだろう。


彼はよく私の部屋に入っては、文房具や参考書を借りていく。

もしかすると、今回も何かを取りに来た際、ベッドに何もかけずに眠っている私を見て、そっと毛布を掛けてくれたのかもしれない。


お風呂に入ろうと二階の自室を出ると、ちょうど向かいの部屋に入ろうとする颯真と鉢合わせた。


「あ、おかえりなさい」


そう声をかけると、颯真は嬉しそうに笑い、「ただいま」と返してくれた。


「薫さん、今からお風呂?」


「うん、さっき寝落ちしちゃって」


「お疲れ様。あれ……」


ぐっと顔を近づけ、私の目元を覗き込む。

すっと親指が頬をなぞり、そっと涙の跡を拭われた。


「薫さん、もしかして泣いた?」


「え、泣いてないよ。恥ずかしいな、目がむくんでるのかも」


「ふーん、そうなんだ」


あっさり引き下がったものの、彼の指先が頬の輪郭をなぞる。


「ねえ、薫さん。やっぱり年下の男は頼りない?」


コテンと首を傾げ、目線を合わせてくる。

モデルをしているだけあって整った顔立ちに、思わず赤面する。

ついこの間まで中学生だったのに、こんなあざとい大人の片鱗を見せられては、姉として戸惑うばかりだった。


空気を変えたくて、


「あのさ!」


思わず声が大きくなった。


「……もしかして、部屋に入ってきた?」


「え、どうしてそんなことを聞くの?」


「布団をかけずに寝てたんだけど、起きたら掛けられてたから」


「ふーん……」


反応からして違うようだ。やはり兄さんだったのかも。


「多分、兄さんかも」


颯真の表情が、不満げに曇った。


「蓮さんはやっぱり頼りがいがあって、大人だね」


「颯真、焦らなくていいんだよ」


「焦ってはないけど、僕だって薫さんを支えたいんだよ」


——ねえ、ぎゅってしていい?


そう言いながら、颯真は私を抱きしめた。


「あの事件のことでしょ?薫さんが苦しい理由、悲しい理由」


「うん……大切な人だったから」


「そうなんだ。でも薫さんには僕がついてるから。それに——」


言葉が続く前に、部屋の奥の扉が開かれた。


「薫から離れなさい」


冷たい声が響く。

そこには、黒縁の度数の強い眼鏡をかけた兄が立っていた。


「……明後日、もう明日か、月曜日から登校できるみたいだから。姉さん、一緒に行こうね」


颯真は兄を睨みつけながら、私から離れると、そのまま自室へと消えていった。


「体調は大丈夫?」


心配そうに私を見つめる兄。


「毛布、ありがとうね」


「え、あ…本当は勝手に入るのはよくないと思ったんだけど、泣いている気がしてね」


「兄さんにはお見通しだね」


「そうだぞ。嗚呼、目が腫れてしまっているね。お風呂にゆっくり浸かって水枕で冷やしなさい」


よしよしと頭を軽くなでて、風呂に入るよう促す。


「薫、とても悲しい事件だったけど、いつまでも俯いてはいけないよ。何かあったら相談しなさい。俺はずっとそばにいるからね」


そっと肩に手を添える兄の顔は見えなかったが、きっと声色と同じく優しい表情をしているのだろう。

その優しさが少しでも颯真にも向かえばいいのに。颯真も煽るように姉さんなんて呼び方、わざわざしないで欲しい。

年齢を増すごとに深まる兄と義弟の溝に、ほの暗い気持ちになった。



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