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お母さんの変化

――母の心境に変化が生じたのは、ちょうど昨年の12月24日、クリスマスイブのことだった。


その日はエリカちゃん、そして冬休みを利用してエリカちゃんの家に遊びに来ていた

ウィリアム君と三人でエリカちゃんの家でクリスマスパーティーをする予定だった。


しかし、クリスマスイブの三日前の一本の電話がすべてを変えた。

電話を取った母親は直ぐに困ったように私を呼んで手招きした。


「ソウ君にお父さんからなんだけどね?薫ちゃんと一緒にクリスマスを過ごしたいって……どうしても聞かないみたいで……」


電話越しに聞こえるソウ君のお父さんの声は、どこか困ったようで、それでいて申し訳なさそうだった。


普段、決してわがままを言わないソウ君が、必死に願いを訴えているという。

クリスマスイブの1週間前にすでに薫ちゃんには予定があって難しいんだよと、父親の説得に応じず、なんと真冬の寒空の下、お金も持たずに家を飛び出してしまったらしい。


お父さんがなんとか連れ戻したものの、クリスマスを一緒に過ごすという約束をするまで、彼は納得しなかったそうだ。


その結果、ソウ君は体調を崩してしまったそうだった。

今日、ようやく熱は下がったものの、今も寝室でずっと泣いているそうだ。



ソウ君のお父さんとは、私が彼と遊んでいるうちに何度か顔を合わせたことがあったし、

何よりお母さんは、かつて私たちを救ってくれた弁護士――つまり、ソウ君のお父さんに大変お世話になっていた。


そのため、急遽エリカちゃんの家でのクリスマスパーティーをキャンセルし、ソウ君の家でクリスマスを過ごすことになった。


「本当にごめんなさいね、エリカちゃん……」


申し訳なさそうにお母さんが電話で謝るのを横目に、私はなんともいえない気持ちだった。


灰葉家のクリスマス

母に送られた住所を頼りに訪れた先は、見上げるほど立派な一軒家だった。

「灰葉」と表札に書かれているのを見て、やはりここがソウ君家なのかと呆然と立ち尽くす。


――ソウ君の本名は、灰葉はいば 颯真そうま


緊張しながらお母さんがインターフォンを鳴らした。

余談だが、エリカちゃんの家もそうだが、お金持ちの家のインターフォンって音も上品だよね。


すぐに玄関のかぎが開く音が聞こえ、玄関の扉が勢いよく開いた。


「スミレちゃん!!」


と私の名前を叫びながら飛び出してきたのは、案の定ソウ君だった。

顔を輝かせ、玄関先で立ち尽くす私をいろんな角度から眺めている。


本物だ、夢じゃない

――そんなふうに確認するように。


そして、ようやく私の隣にいる母に気がついた。


「こ、こんにちは! 今日は僕のわがままで来てくださって……ありがとうございます!」


気恥ずかしそうに頭を下げる彼に、母が優しく微笑む。


「いえいえ、ソウ君。体調はもう大丈夫なの?」


「はい! もう元気もりもりです!」


「こら、颯真!!」


奥から焦ったような声が響き、慌ただしくエプロン姿の男性が現れた。

黒いスリッパをつっかけ、明らかに料理の途中で飛び出してきた様子の彼は、ソウ君のお父さんだった。


身長が高く、落ち着いた雰囲気のある、少し白髪交じりの紳士。

それでもどこか柔らかく、優しげな雰囲気をまとっていた。


「すみません、白川さん。颯真が大変ご迷惑をおかけしました」


慌ててソウ君を抱きかかえ、苦笑しながら謝る。


「いえいえ、本日はお招きありがとうございます」


お母さんが丁寧に返すと、彼はどこかホッとしたように微笑んだ。


「外は寒いでしょう。さあ、中へ」


こうして、少しの緊張感とともに、私たちは灰葉家へと足を踏み入れた。


***

扉の向こうに広がっていたのは、まるで映画のワンシーンのような空間だった。


吹き抜けの広いリビング。

暖炉のある大きな応接間。

中央に庭があり、テラス席やハンモックまである。


「……すごい」


言葉を失い、母と二人で呆然と見回す。

どうぞこちらへと案内されたのは広々としたリビングだった。


「すみません、私は料理が苦手で。全部、お惣菜なんですけど……」


ダイニングテーブルには所狭しと並べられた豪華な料理の数々。

ロースト鴨に、具材たっぷりのビーフシチュー。

エビマヨサラダにラザニアまで……どれもレストランで出されるようなメニューばかりだ。


お惣菜と彼は言っているが、私は知っている。

決してスーパーのお惣菜ではないということを。

明らかにデパ地下でご購入された品々だ。


そんな豪華な食事に対して、我々がが持ってきたのはソウ君の好きなアニメキャラのアイスケーキ。

少し気後れした様子の母だったが、ソウ君も、お父さんも、目を輝かせて大喜びしてくれた。


その反応に、母の表情も和らぐ。

こうして、私たちのクリスマスパーティーが始まった。



***


食事が終わると、ソウ君が張り切って家の中を案内してくれた。


「次はね、僕の部屋!」


そう言って手を引かれ、案内されたのは二階の一室だった。


ふかふかの絨毯に腰を下ろし、改めて部屋を見回す。

広くて綺麗な部屋だ。


「どう? 気に入った?」


「うん、とても素敵なお家だね」


「……ねえ、今日、お泊まりしていけばいいのに」


「それはさすがに申し訳ないよ」


「えー、嫌だ」


そう言って、横からぎゅっと抱きつかれる。

まるで小さな子供が甘えているようで、微笑ましい。


食事中、お父さんが「颯真がこんなに懐くなんて珍しい」と驚いていたのを思い出した。


「……ああ、薫ちゃんと一緒に住めたらいいのに。そうすれば、ずっと幸せなのに」


「あはは、ありがとう」


「む、本当に思ってるんだから!」


ふくれっ面をするソウ君。

そのまま、恋バナでもするように楽しげな声で言った。


「でもね、父さんも薫ちゃんママと話してるとき、すごく優しい顔してるんだよ?」


「……?」


「薫ちゃんのお母さんは、父さんのことどう思ってるの?」


無邪気な笑顔で問いかけてくる彼に、少し言葉を詰まらせる。


「うーん……わからないな」


そう伝えると、ソウ君は少しつまらなそうな顔をした。


二人とも一度結婚に失敗しているのだ。

簡単に恋愛感情を抱くような関係ではないだろう。

それに、双方子供もいるんだからそんな簡単なことではない。


つまんないの、と拗ねるソウ君の特徴的な髪色頭を再度なでて上げれば


「もう、子供扱いして!」


そう言いながら、まんざらでもなさそうな顔をしていた。


しばらくすると、コンコンと部屋の扉がノックされ、ガチャリと開いた。


そこにはソウ君のお父さんと、少し頬を赤らめた母がいた。


「お母さん、顔赤いよ?」

「ほんの少し……お酒をいただいたの」


そう答える母の表情は、どこかぎこちなかった。


「なんだ、颯真は薫ちゃんにべったりじゃないか」


お父さんがクスクスと笑うと、ソウ君はにっこりと微笑んで答えた。


「そうだよ! 僕、薫ちゃんみたいなお姉ちゃんが欲しい!」


その無邪気な言葉に、私たちは思わず困ったように笑い合った。


「ほら、アイスケーキが溶けちゃうぞ」


お父さんの声に、ソウ君は「あっ」と慌てて立ち上がり、私の手を引いてリビングへ駆けていった。


その後、アイスケーキを食べ、私たちは帰ることになった。

ソウ君は最後まで「泊まってほしい」と駄々をこねたが、お父さんの説得により、泣く泣く断念。


帰り道、母がふいに問いかけてきた。


「薫ちゃんは、お父さんが欲しい?」


「私は、お母さんとお兄さんがいるだけで幸せだよ」


そう答えると、繋いだ手に、ほんの少しだけ力が込められた。


「お母さんが幸せなら、もっと幸せだよ」


そう返すと、母もぎゅっと握り返した。


――もしかしたら、近い将来、ソウ君の願いが叶ってしまうのではないか。

そんなことを考えた夜だった。

***

――そして、一年後のクリスマスイブ。


今年はソウ君とお父さんが、我が家に来ることになった。


兄さんは、久しぶりに顔を合わせる彼らに、露骨に不機嫌な顔をしていた。

視線の先には、ソウ君のお父さん。


兄さんが、こんなに誰かを睨みつけるのを見たのは、数年ぶりだった。


その敵意を、ソウ君のお父さんは大人の余裕で流している。

その様子に、兄さんの苛立ちは増していくばかりだった。


そして、ソウ君は不安げな目で、兄さんの様子をじっと伺っていた――。

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