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妹とクリスマスパーティー

――12月25日

予約していたクリスマスケーキを受け取るのに思ったより時間がかかり、家に着いた頃には時計の針が19時を指そうとしていた。


「ただいま」


玄関の鍵を開けると、すぐに足音が近づき、小さな顔がひょこっと覗いた。


「おかえりなさい、兄さん」


妹の薫だった。


夏休みに会ったときは、林間学校のせいで少し焼けていた肌も、今ではすっかり陶器のような白さを取り戻していた。

身長もほんの少し伸びて、どこか大人びた雰囲気が漂っている気がする。

その成長が嬉しくもあり、少し寂しくもあった。


「寒かったでしょう?」


続いて母さんも玄関に現れ、優しく微笑んだ。

ふわりと広がる我が家の香りが、冬の冷え切った空気を温かく包み込んでくれる。


「うん、思ったより冷えた」


手に持っていたケーキとチキンを薫に見せると、彼女はぱっと顔を輝かせた。


「わあ、すごい! クリスマスだね!」


普段は静かで落ち着いている妹の、子供らしい笑顔。

その表情が見られただけで、クリスマスの混雑も、帰省ラッシュの疲れもすべてどうでもよくなる。


薫がチキンとケーキをキッチンへ運び、母さんが俺の手荷物を預かる。

その際、ある紙袋を薫にばれない様に俺の椅子の近くに運んでおいてほしいと言えば、

母さんは嬉しそうにこくんこくんと頷いた。


何も変わらないこの家に、安堵しながら洗面所へ向かった。


***

変わるものと、変わらないもの

この街に引っ越してから、俺は文字通り“生まれ変わった”。


髪を黒く染め、清潔感のある短髪に整えた。

制服のボタンはきちんと締め、ネクタイも乱さない。

勉強にも励み、必死で知識を詰め込んだ。


すべては、あの頃、守れなかった家族を、今度こそ守るため。

今度こそ、俺たちは幸せに生きる――そんな結末を迎えるため。


その努力の甲斐あって、地方の国公立に合格し、ようやく夢への一歩を踏み出すことができた。

母さんのように優しく、誰かを救える職業を目指して。


そのために、薫と離れなければならなかったのは仕方のないことだった。

寂しくないわけがない。

けれど、これは俺にとって必要な犠牲だった。



***

リビングに入ると、クリスマスディナーの準備はすでに整っていた。

テーブルの中央には、ツリーのオーナメントのように彩られたチキンとポテトが並び、キャンドルの光が温かく揺れている。


「薫ちゃん、よかったわね?」


母さんが微笑みながら声をかけると、薫も同じように嬉しそうに頷いた。


「うん! ありがとう、兄さん!」


その笑顔を見た瞬間、今日の帰省の混雑や長時間の移動の疲れが一気に吹き飛んだ。


「じゃあ、食べようか」


「うん!」


手を合わせて、「いただきます」。


薫は小さな口いっぱいにチキンを頬張り、幸せそうに目を細めた。

その様子を見ながら、ふと嫌な記憶が脳裏をかすめる。


――あの頃は、本当に地獄だった。


今は好きなものを好きなだけ食べられる。

母さんが元気で、健康的な笑顔を浮かべている。

それがどれだけ“奇跡”に近いことなのか、痛いほど知っている。


「ほら、口が油まみれだぞ」


そっと薫の口元を拭い、ついでにポテトを差し出した。


この時間が、ずっと続けばいい。

俺たちが普通の家族として、毎年今日の様なクリスマスを迎えられますように――。



***


食事が終わると、母さんが食器を片付け始めた。

「ゆっくりしてなさい」と言われ、俺は薫と向かい合って話をする。


「最近、学校はどう?」


「楽しいよ!」


「エリカちゃんは元気?」


「うん、すごく元気! 最近はアニメの影響で“卓球の姫”を目指してるの!」


「卓球の姫?」


「そうそう! それでね、私まで巻き込まれて、毎日練習させられてるんだよ!」


薫はそう言いながらも、まんざらでもない様子だった。

彼女の写真には、いつも楽しそうなエリカちゃんが写っていた。

小学生にして、すでに美少女としての風格が漂っている。


そんな他愛もない話をしていると、不意に部屋の電気が消えた。


台所から、ジングルベルを口ずさむ母さんが、ゆっくりとクリスマスケーキを運んでくる。


「じゃ~ん。クリスマスケーキの登場でーす!」


薫の大好きなビターチョコのムースケーキ。

デコレーションされたケーキを前に、彼女の目がキラキラと輝いた。


「さあ、薫。ロウソク、吹き消して」


そう言って頭を撫でると、薫は少し恥ずかしそうにしながらも、ふうっと息を吹きかけた。


クリスマスイブの“争奪戦”

ケーキを食べながら、母さんが思い出したようにクスクス笑う。


「そういえば、薫ちゃん。クリスマスイブは争奪戦だったわね?」


「……?」


「ウィリアム君に、ソウ君、それにエリカちゃん」


「え?」


「昨日、三人からパーティーに誘われていたのよ。でも、ソウ君のお父さんからのお願いもあって、結局、ソウ君のお家で過ごしたの」


なんとなく、嫌な予感がした。


「……ソウ君?」


「昔、薫ちゃんが入院していた時、隣の部屋にいた子よ。覚えていないかしら?」


「年が近くて、心臓が悪くて、ラピスラズリをプレゼントした男の子だよ?」


かすかな記憶を辿る。

……ああ、そんなこともあったかもしれない。


「その子がどうして?」


「ずっと文通していたんだけど、去年引っ越してきたのよ」


「へえ……元気になったんだな」


言葉とは裏腹に、胸の奥がざわつく。

ふと、母さんがニヤニヤしながら薫を見た。


「お兄ちゃんったら、薫に彼氏ができたらどうするのよ?」


「薫は俺と結婚する。ほかの男にはあげないよ」


即答すれば、母さんは呆れたように笑う。


「家族で結婚はできないわよ」


「大体、まだ小学生なんだから。彼氏なんて早い。早すぎる」


「全く、シスコンなんだから」


母さんと軽口を叩き合っていると、薫がケーキを頬張ったまま顔を上げた。


「薫も、お母さんも、兄さんのこと応援してるよ」


口にチョコをつけながら真面目な顔をして俺と母さんにいった。

なんて優しくて愛しい子なんだろう。


「そんな薫に、プレゼントだ」


机の下に隠していた紙袋からウサギのぬいぐるみをだす。

薫は驚いたように目を丸くした。


「わああ、ふわふわ! ありがとう、兄さん!」


そう言ってぬいぐるみを抱きしめる彼女を見ながら、俺は心から思う。


――この幸せが、ずっと続きますように。


そうして、俺たちのクリスマスは、穏やかに幕を閉じた。

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