病弱な彼との再会
長年、文通で交流を深めてきたソウ君との再会は、思わぬ形で訪れた。
彼が、私たちの隣町に引っ越してくることになったのだ。
そんな偶然あるんだな、と驚いていたら、
「元気になった姿を見せたい」とのことで、三年ぶりに会うことになった。
術後の経過は手紙で知っていたけれど、実際に会うのは手術を終えてから初めてだ。
私たちは、ちょうど家の中間地点にある大きな駅で待ち合わせることになった。
商業施設が併設されたその駅は、休日ともなると家族連れで賑わっている。
改札前で落ち着かない気持ちで待っていると、ひときわ目立つ少年がこちらに手を振ってきた。
――白と黒、左右で分かれた印象的な髪。
彼の名前を呼ぶよりも先に、その存在感に一瞬たじろいだ。
「スミレちゃ~ん!」
声を上げて駆け寄ってきたのは、私より少し背の高い、美少年になったソウ君だった。
私が知っていたのは病弱で、まだ幼稚園児の男の子だったから子供の成長にほんの少し感動した。
顔立ちにはかつての面影が残っていて、すぐに彼だとわかった。
未来、きっととんでもない美青年になる。そんな確信すら覚えた。
……でも、どうしてだろう。
彼の顔を見た瞬間、どこか“懐かしさ”とは違う感覚が胸をよぎった。
「久しぶりだね!」
肩をがしっと掴まれて、大きな犬にじゃれつかれたような感覚になる。
先ほどの違和感は、感動の再会によって頭の隅のどこかへと追いやられた。
「僕、会えるのをずっとずっと楽しみにしてたんだよ!」
とびきりの笑顔に、周囲のおばさま方の視線が集まってきた。
(……うわ、見られてる)
顔が熱くなって、思わず目をそらすと――
「ねぇ、スミレちゃんは? 会いたかった?」
じっと目を覗き込んでくるソウ君に、逃げ場がなかった。
「……わ、私も。会いたかったよ」
小さな声でようやく伝えると、ソウ君はぱあっと花が咲くように笑った。
今日は、兄さんがくれたチケットで映画を観に行く予定だった。
可愛らしい海外の子ども向けのファンタジー映画だ。
『呪いの王子と村娘の軌跡』というタイトルで、煌びやかな王子とボロボロの服を纏った村娘が手を握り星の海に浮かべた船の上で見つめあうロマンチックな看板である。
万人受けする映画だと……そうと思いきや、想像以上に重たいラストだった。
愛し合いながらも結ばれない運命にある王子と村娘――
実は双子として生まれ、呪いによって引き裂かれたふたり。
ラストシーン、ふたりは星空を映す川を船で渡っていく。
それが「死者の川」だと気づいたとき、私は胸がぎゅっと締めつけられた。
会場には、涙をぬぐう大人たちの姿もあった。
幼い子供には意味が分かっておらず、王子と村娘は二人だけの世界を目指して旅に出た、ハッピーエンドだと思っているのだろう。号泣する自分の親に疑問符を浮かべながら見ていた。
映画が終わっても、ソウ君は何かを思いつめたように黙っていた。
「……お腹、空いたね」
声をかけると、ようやく現実に戻ったように照れ笑いを浮かべた。
***
昼食は兄さんがおすすめしてくれたお店だ。
商業施設から少し離れた住宅街にある小さな小さなクラシック調のお店で、
老夫婦が営んでいる雰囲気のいい場所だった。
「いらっしゃいませ」
とにこやかに出迎えしてくれた優しそうな店主と奥さんに通された席は、
柱のおかげでほかのお客さんの死角になっておりまわりの目を気にせずにゆっくりできそうだった。
メニューを見ると、どれもおいしそうで、二人して頭を悩ませていた。
しばらくしてお水を持ってきてくれた奥さんに注文を聞かれ、それぞれ答える。
私はAランチの昔ながらの手ごねハンバーグセットを、
ソウ君はBランチの季節のキッシュとスープのランチを選んだ。
大人の量は食べれれないので、少なめと伝えた。
注文を終えて、ふたりでランチを楽しんだあと、
そういえば、なぜ引っ越しすることに至ったのか話を聞けば、
ゆっくりと、ソウ君は話し始めた。
両親が、離婚したこと。
大好きだったおばあちゃんが倒れて、生活が一変してしまったこと。
忙しい母と、無理を重ねる父。
その中で、自分がただ「居るだけ」で迷惑をかけているように思えてしまったこと。
「……せっかく会えたのに、暗い話でごめん。でも、スミレちゃんには聞いてほしかったんだ」
そう言って、ソウ君は机の上に置いた手をそっと差し出した。
私は迷わず、その手を握った。
細くて、小さくて、それでもしっかり生きている手だった。
ネックレスの先に揺れるのは――かつて私が渡した、あの“青い石”。
ソウ君が私の視線に気付いて、首から下げていたネックレスを見せてくれた。
「この石と、スミレちゃんからの手紙だけが、僕の支えだったんだ。……だから、引っ越すって聞いた時、すごく嬉しかった」
スミレちゃんに、また会えるかもしれない。
その思いだけで、どんな日々も頑張れた――そう話す彼の瞳に、涙がにじんでいた。
私も、つられて涙がこぼれそうになった。
「やだな……紅茶、冷めちゃったよ」
強がるように笑う彼の姿が、どうしようもなく切なかった。
「僕、友達少ないんだ。……これからも、もっと遊んでくれる?」
「……もちろんだよ」
私は、しっかりと頷いた。
――もう、あんなふうに一人で泣かせたりしないって、そう思ったから。
彼の幸せを、心から願った。
冷めた紅茶は渋くなっていた。