宝物と醜いアヒルの子
あれから季節は巡り、私たちは春休みが明ければ小学三年生になる。
もちろん、薫ちゃんとはいつも一緒。
クラス替えのときはママにお願いして、絶対に同じクラスにしてもらった。
新学期も、また一緒のクラス。
それを知ってるのは、クラスで私だけ。
薫ちゃんは、「離れたらどうしよう……」と毎日不安がってたけど、大丈夫。
だって、エリカと薫ちゃんが離れることなんて、一生ありえないんだから。
――私たちは、親友だもん。
春休みに入ったばかりの今は、ちょっとだけ寂しい。
昨日から始まった春休みに、私はもうため息をついていた。
あー、春休み終了まであと10日…道のりは長い。
そんな私が意気消沈している中、今日から1週間だけ、パパの昔の友達とその息子さんがうちに滞在することになっている。
パパが若いころ、イギリスに留学していた頃に仲良くなった人らしく、今でも家族ぐるみのお付き合いをしている。
でも、息子さんと会うのは今回が初めてだ。
「ゴーン」とチャイムが鳴って、パパがやけに浮かれた様子で玄関に走っていく。
あんなに嬉しそうなパパ、ママにPS5を買ってもらった時以来かも。
「男っていつまでたっても子どもだよね」
と呆れて首を振ると、ママがくすっと笑った。
「慎吾!!! よく来てくれた! 君が、ウィリアム君だね!ようこそ!」
とリビングまで響くパパの大声が聞こえる。
「エリカも、ちゃんとご挨拶しなさい」
ママに手を引かれて、いやいや玄関に顔を出した。
そこには背の高い紳士風のおじさんと、金髪で眼鏡をかけた、少しふくよかな外国人の男の子がいた。
「お久しぶりです、美咲さん。覚えているかな?エリカちゃん」
そう言っておじさんは片膝をつき、丁寧に手を差し出してきた。
(……え、なにこの紳士。パパとは大違い)
あまりにも礼儀正しいその態度に、私はちょっとだけ照れながら握手を返す。
何となく小さいときにお会いした記憶があるが、曖昧である。
「この子が僕の息子、ウィリアムだよ。エリカちゃんの1つ上で、ずっとイギリスに住んでたから、日本語はちょっと苦手かもしれないけど、仲良くしてやってね」
「よろしくね、ウィリアム君。エリカ、案内してあげて」
パパはすっかり慎吾さんとの再会に夢中で、ウィリアム君のことは半分放ったらかし。
ママも来客の準備に忙しくバタバタしていた。
仕方なく、私は無言のまま彼の手を引いて、シアタールームへと連れていった。
ウィリアム君は、金髪にメガネで、ちょっと“海外オタク”みたいな見た目だった。
エリカ、かわいいってよく言われるし、告白も何度かされたことあるし……こういうタイプ、絶対エリカのことが好きになっちゃう気がする。
――それは、めんどくさい。
だから、しゃべらなければいい。
万国共通の「映画タイム」でやりすごそう作戦、発動。
「ね、ウィリアム君。どんなアニメや映画が好きなの?」
DVD棚を見せながら聞いてみると、彼は何本か指をさした。
「ゴジラ……クレヨンしんちゃん……」
(あー……パパのコレクションか……男の子って子どもよね)
私は薫ちゃんと観るために集めた、タイタニックとかファンタジー系のDVDのほうが断然好き。
やっぱり私は薫ちゃんとも趣味が合うし、最高。
彼は、再生を開始したゴジラに夢中で、ソファーに腰を掛けず、ふかふかの絨毯の上にそのまま腰を下ろして大スクリーンの画面にかじりついていた。
(正直つまらないけど……しゃべらなくていいのは楽かも)
あくびをしながら、映画を眺めて、気づけば3作品目に入ろうとしているとき、ちょうどタイミングよくママが顔を出した。
「ご飯の準備ができたわよ〜」
――救世主、ママ。ありがとう。
正直飽きていたころだ。
*
夕食の時間。
「ウィリアム君と仲良くできた?」とママが聞く。
「うん。パパの好きな映画が好きみたいで、ずっと一緒に観てたよ」
「よかったな、ウィリアム」
慎吾さんが彼の頭を優しくなでると、ウィリアム君はこくんとうなずいた。
そういえば……私、彼とちゃんと言葉、交わしてないかも。
「映画もいいけど、せっかく暖かくなってきたし、明日は外で遊んだら?」
ママの一言に、私は一気に冷や汗が出た。
えっ、無理無理。一人じゃ何話していいかわかんない。
「……薫ちゃん呼んでもいい?」
「いいけど、ウィリアム君も一緒で大丈夫そう?」
ママがウィリアム君に問いかけると、彼はまた無言でこくんとうなずいた。
――よし、これで解決!
本当は薫ちゃんとふたりがよかったけど……ウィリアム君は空気みたいなものだし。
(あー、明日何着よう……)
「薫ちゃん、予定空いてるの?」
パパの一言で、私のテンションが一気に下がった。
(そういえば……どっか出かけるって言ってたような)
「ご家族で旅行とかかもしれないし、一度確認してみないとね」とママ。
「一回、確認して!!」
思わず立ち上がった私に、隣からボソッと声がした。
「……行儀悪い」
ウィリアム君の声だった。
ちょっとだけ――彼のことが嫌いになった。
*
夕方、ママが薫ちゃんの家に電話してくれた。
どうやらお出かけは来週で、明日は空いているらしい。
ついでに薫ちゃんのコーデも聞いてもらい、それに合わせて服を選んだ。
カバン、ハンカチ、ティッシュ、髪型も完璧!
ミサトさんにお願いして、ピクニック用のお弁当も作ってもらえることになった。
おにぎり、唐揚げ、卵焼き……エリカの大好物が詰まってる。
――あ、ウィリアム君に明日の予定、伝えてない。
慌てて洗面所に走ると、風呂上がりの彼が金髪をタオルで拭いていた。
「明日、7時起きで8時半出発ね」とだけ伝えて、そそくさと自分の部屋に戻った。
その途中、リビングから楽しそうな大人たちの笑い声が聞こえた。
「エリカったら、あんなにはしゃいで……」
「ウィリアム君とのピクニックが楽しみなんでしょうね」
「ウィリアムも、学校でなかなかなじめなくて……エリカちゃんみたいな優しい子に出会えて、本当に嬉しいはずですよ」
……ふーん。
あんな根暗、そりゃ友達なんていないでしょうね。
でも、しょうがないな。
私が、友達になってあげるわ。
時計を見れば、夜の9時。
美容のために、もう寝ないと。
布団に潜り込んで、明日何して遊ぼうか考えているうちに、私はいつの間にか眠っていた。




