大切な宝物との出会い
ママとパパは、いつもお仕事で忙しい。
ママはアナウンサーで、夕方のニュース番組に出てる。時計の短い針が6を指すと、テレビからママの声が聞こえる。
パパは舞台のお仕事。5月は地方公演で、なかなか帰ってこないんだって。
放課後、学童で遊んで帰ると、家には家政婦のミサトさんがいて、ごはんを作ってくれる。
給食もいいけど、本当はママとパパと、三人で一緒に食べたいな……って、いつも思う。
でも――ここ最近、そんな寂しさが、ちょっとだけど減ってきた。
だって、心がぽかぽかすることがあったから。
「最近、エリカちゃん、ご機嫌ね」
ミサトさんが、夕ごはんをテーブルに並べながら声をかけてくれた。
「えへへ、実はね、エリカ、お友達ができたの!」
私がうれしそうに報告すると、ミサトさんもふわっと笑ってくれた。
まるで、自分のことみたいに喜んでくれるその笑顔が、私はとても大好きだ。
「あのね、シラカワ スミレちゃんっていうの」
「どんな子なの?」
「転校生で、とっても頭が良くて、クールな子なの!
エリカでも分からない問題を先生に当てられても、すぐ答えちゃうの!」
「すごいわね~。賢くて素敵なお友達だね」
「うん!」
スミレちゃんを褒められると、なんだかくすぐったくて、うれしくて、にやけてしまう。
まるで、自分が褒められたみたいな気持ち。
「そうなの。他の子たちと違って、普通にお話してくれたんだよ」
*
入学式の日、ママと手をつないで学校に行ったとき、
クラスの子たちは、エリカのことをちょっと特別な目で見ていた。
「アナウンサーの子どもだよ」
「俳優のパパがいるんだって」
みんなが話しかけてくれるのは、ママやパパの話ばかり。
一緒にいても、まるで“ママとパパのこと”が好きなだけみたいで――
つまらなくて、私は話しかけられても無視するようになっちゃった。
……そしたら、今度はみんなの方が、私を無視するようになった。
トイレの個室で聞こえた声。
「わがまま」「お嬢様」「性格悪い」
全部、エリカのことを言っていた。
それから、学校が嫌いになった。
*
そんなある日――
転校生のスミレちゃんがやってきた。
自己紹介はとってもシンプルで、クラスメイトに囲まれても、クールなままだった。
私は気になっていたけれど、席が遠くてなかなか話しかけられなかった。
でも、その日の放課後、公園で一人でブランコに乗っているスミレちゃんを見かけた。
気づいたら、足が勝手に動いていて……声をかけていた。
「白井ちゃんだ!」
間違えた!って思ったけど、スミレちゃんはくすっと笑って、
「白川です」
って、優しく教えてくれた。
その笑顔が、嬉しくて、ちょっと泣きそうだった。
スミレちゃんは口数が少ないけど、ちゃんと私の話を聞いてくれる。
質問すると答えてくれるし、ときどき私にも聞いてくれる。
「好きな食べ物は?」
「好きなアニメは?」
私のこと、ちゃんと知ろうとしてくれるのが、うれしくてたまらなかった。
*
だけど――
その数日後、一緒に学童へ行こうって話していた時、
あの子たちが、スミレちゃんに変なことを言った。
「紅野さんのママはニュースキャスターで、パパは俳優なんだよ」
「エリカちゃんって、お嬢様ぶってるから、性格悪いんだよ」
下校中、二人で帰ってるときだった。
スミレちゃんの前で、わざとそんなことを言ってきた。
後ろにいた取り巻きの子たちも、くすくす笑っていた。
――やめてよ。
せっかく仲良くなれたのに。
友達になれたのに……!
私は怖くなって、スミレちゃんの反応が見れなくて、自分の上履きをじっと見つめていた。
でも、スミレちゃんは言った。
「そうなんだ。エリカちゃん、美人だもんね。
でも、エリカちゃんは……私にはとっても優しいよ」
「最初だけだよ! 私たちが友達になってあげるってば!」
「いらない。私は、エリカちゃんが好きだから」
――その言葉が、胸に突き刺さって、キュンキュンした。
ぼーっとしている私の手を引いて、スミレちゃんは私を家まで送ってくれた。
ふわふわして、ぼーっとして、
ミサトさんが夕食で作ってくれた大好きなミートソーススパゲティも、
チョコレートケーキも、ほとんど食べられなかった。
ミサトさんが「大丈夫?」って心配してくれたけど、
夜遅くに帰ってきたママにも、何も言えなかった。
ママにおやすみのキスも、ハグもせず、
私はベッドの中で、今日のことをずっと考えていた。
*
――初めて。
スミレちゃんが、私の名前を呼んでくれた。
――初めて。
「好き」って言ってくれた。
――初めて。
手をつないで歩いた。
その日から、スミレちゃんはエリカの《騎士様》になった。
今度、もし誰かがスミレちゃんを傷つけるなら――
次は、私が守る番だ。
大好きな気持ちで、胸がいっぱいになって、
その夜はふわふわ幸せな気持ちのまま、夢の中へと落ちていった。