小学生生活と新たな友達
夕焼けって、こんなに綺麗だったっけ。
赤いランドセルを抱きしめながら、ブランコに揺られ、私は静かに転生後の人生を振り返っていた。
あの痛ましくも忌々しい事件のあと、母は弁護士を通じて父との離婚を成立させ、多額の慰謝料を請求することができた。
そして、あの記者についても人権侵害として訴訟を起こし、現在も裁判は継続中だ。
実は、そのふたつの案件を担当してくれている弁護士が――ソウくんのお父さんだった。
記者との一件を知り、ソウくんの隣室にいた「友人」としての私を気にかけ、自ら名乗り出てくれた。
とてもありがたいことだ。ほんの少し
あの事件の後、私たちは母の旧姓である「白川」を名乗り、他県へと引っ越した。
ソウくんとは、今ではちょっと古風に文通をしている。
ひらがなで一生懸命書いてくれた手紙には、クレヨンで描かれた絵が添えられていて、それが毎回とても愛おしい。
彼の病気も順調に回復しているようで、それが何より嬉しかった。
けれど――その一方で、私は少しだけ、憂鬱だった。
気づけば季節はもう5月。
転校してきたばかりの私は、小学生たちのコミュニティにうまく入れずにいた。
本来なら新学期の賑やかさに胸を躍らせる頃なのに、私は中身がアラサーのまま。
無邪気になりきれず、声をかけてくれる女の子たちにも話を合わせられなかった。
みんなが盛り上がっている最新のアニメの話にもついていけず、申し訳なさと焦りを感じながら、
「……これは帰ったらアニメの一気見をしなきゃだめだな」
と内心でつぶやいた。
小学生社会って、なかなか大変だ。
もう一つ、引っ越してから変わったことがある。
それは兄――いや、「兄さん」の変化だった。
かつて茶髪で、不良っぽさを残していた彼は、
今では黒髪に整えられ、前髪もすっきりとカットされた爽やかな好青年に変貌していた。
まるで新人アナウンサーのような清潔感。もともと顔が整っているだけに、正直、かなりイケメンである。
性格にも大きな変化が見られた。
母が仕事で忙しいときは料理やお弁当を担当し、
私の登校に付き添い、宿題のフォローまでしてくれる。
あの事件を経て、兄は間違いなく「大人」へと一歩踏み出したのだ。
その姿を見て、私は誇らしく感じた。
涙腺が弱くなっているアラサーの私は、彼の成長を見るたび、胸がじんわりと熱くなる。
……そんな兄に、今、この憂鬱な気持ちを相談できなかった私は、
放課後、公園のブランコに座って現実逃避をしていた。
大人になると、というより社会人になると会社との往復のみで、友達の作り方なんてわからなくなるのだ。
小学校生活6年間をボッチで過ごすのは流石に寂しい。
――友達出来ないかな
――出来ますように
と最終的に日が落ちて所々きらめき始めた星々にお願いをしてみた。
ゆっくりと沈んでいく夕日を眺めながら、ただ揺られている時間。
何も言わずに、何も考えずに、ただ風に揺られているだけの時間。
そんなときだった。
公園の前を、帰宅途中の学童クラブの子たちが通り過ぎていく。
キャッキャとはしゃぐ声が耳に心地よく響く。
ふと、集団の最後尾。
一人だけぽつんと遅れて歩く小柄な女の子の姿が目に入った。
――見覚えがある。
長い髪を両サイドに低くまとめ、腰まで届くその髪型。
あれは……紅野エリカちゃん。
たしか、クラスの女子の間では“憧れの的”とされている子だったと思う。
無表情なその瞳がふとこちらを向き、次の瞬間、真っすぐに私の方へ歩いてきた。
「白井ちゃんだ!」
「白川です」
「……あ、ごめんごめん!」
彼女はジェスチャー混じりにペコペコと謝りながら、隣のブランコに腰を下ろす。
先ほどの無表情から一遍して、ニコニコと話しかけてきた。
学校にいる彼女は冷静で大人しい印象で、このような年相応に笑うのは珍しいと感じた。
「白川さん、下校時刻すぎてるよ? 早く帰らなきゃ」
学年一の美少女に放たれた言葉に、ブーメランのように返答する。
「紅野さんこそ、帰らないの?」
「んー……家に帰りたくないんだ。白川さんは?」
「……私も、かな」
「ふーん、そうなんだ」
そこから、他愛のない会話をぽつぽつと交わした。
次第にあたりは暗くなり、私のスマホが震えた。
兄さんからの着信。
タイムリミットの合図だ。
「そろそろ、帰ろうか」
そう言って立ち上がると、紅野エリカちゃんも黙ってついてきた。
そして、帰り道を歩きながら、私たちの家が案外近いことが判明した。
その日を境に――
紅野エリカちゃんは、休み時間になるたび私に話しかけてくるようになった。
気づけば、私は初めての友達ができていた。