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運命の隣部屋の友人

僕は、生まれつき体が弱い。

来年、一年生になるというのに、いつもどこか調子が悪くて、入院ばかりしている。


お父さんは仕事で忙しくて、あまり病院には来られない。

海外で働いているお母さんに至っては、もう何年も会っていない。


寂しくなったときは、お父さんからもらったスマホでアニメや動画を観て過ごしている。

だけど――

画面の中で笑い合うアニメの主人公とその友達たちを見ていると、いつも胸の奥がきゅっと苦しくなる。


僕も、友達がほしい。

一緒に笑ったり、喧嘩したり、時には助け合えるような……そんな“誰か”が。



その日、熱が下がってきた僕は、ベッドから起き上がって窓の外をぼんやり眺めていた。

いつもと変わらない、その景色。

すると、隣の病室から何やら騒がしい声が聞こえてきた。


思わず、そっと壁に耳を当てる。

全部は聞き取れなかったけど、「女の子」「引っ越し」という言葉が聞こえた。

どうやら、隣に新しい入院患者がやってくるらしい。


その晩、病棟が静かになり、消灯時間を過ぎた頃。

どうしても気になって、僕はベッドを抜け出した。

こっそりと隣の病室の扉を開けて、中を覗く。


そこには、小さな女の子が静かに眠っていた。

僕よりもずっと小さな体。

布団からのぞいた手が、あまりにも頼りなくて――でも、どこかあたたかそうだった。


思わず、その手にそっと触れてみた。

小さくて、やわらかくて、ほんのりとあたたかい。

ぎゅっと握っても、彼女はまったく目を覚まさなかった。


――この子と、仲良くなりたい。

そんな気持ちが胸にふくらんでいった。


「……おやすみなさい」


小さな手に、そっとキスをして。

ちょっと照れくさくなって、慌てて自分のベッドに戻った。



それから三日後。

ようやく、女の子とお話しする機会がやってきた。


名前は「スミレちゃん」。

記憶をなくしてしまったらしく、自分のことをあまり覚えていないらしい。


僕は、最近観たアニメの話や、面白かった動画の話をたくさんした。

彼女はあまり笑わなかったけれど、ちゃんと目を見て、うんうんと頷いてくれた。

その姿を見ているだけで、僕の胸の中はポカポカした。


――これって友達だよね?でもどこから友達なんだろう。

わからなくて、友達じゃないよなんて言われたら僕はまた熱が出る自信がある。


毎日、彼女は歩く練習をがんばっていた。

最初は真っ青な顔をしていたのに、少しずつ歩けるようになっていく。


――本当は喜ばなきゃいけないのに。


それなのに、僕の心はざわざわしていた。

だって、スミレちゃんが元気になったら、退院してしまうかもしれない。

せっかく仲良くなれたのに……いなくなってしまうなんて、イヤだ。


***


スミレちゃんが目を覚ましてから五日後のことだった。

リハビリを終えても、なかなか病室に戻ってこない。


不安になった僕は、スマホを手にして病室を飛び出した。

廊下を探し回っている途中、ユウキ先生に会ったのでスミレちゃんの居場所を尋ねてみた。


「ごめんね、ソウ君。先生も今探してるんだ」


困ったような顔をしていた先生と別れ、

僕は病院の中庭の向こう側で、スミレちゃんが見知らぬ大人に連れられていく姿を見た。


――危ない!


とっさに追いかけようとしたけれど、僕はか弱くて、何もできない。

連れていったのは太っていて、いかにも意地悪そうな男だった。


そこで僕は思い出した。

そうだ、証拠だ。最近観たアニメで、動画を撮って悪い人が逮捕される話があった。


僕はそっとスマホを構え、動画を撮り始めた。

おじさんの言っていることはよく分からなかったけど、

スミレちゃんが「ひどい目に遭わされていた」ことだけは、なんとなく伝わってきた。


僕のお父さんは優しくて、いつも僕のために働いてくれている。

お母さんだって、僕の入院費を払うために一生懸命に働いているって言ってた。

でも、スミレちゃんのお父さんは――違うらしい。


そんなのおかしい。

僕の大切なスミレちゃんを、どうして誰かが傷つけていいんだ。


動画はしっかり撮った。あとは、大人に任せよう。


そのとき、大きな背中が近づいてきた。

――スミレちゃんのお兄さんだった。

病室の前で何度も見かけたことがある。


お兄さんがいれば、大丈夫だ。


僕はそっとその場を離れ、病室へ戻る途中で再びユウキ先生に会った。


「ソウ君、スミレちゃん見つかった?」


「うん。変なおじさんと話してた……」


その直後、警備員さんが駆け寄ってきて先生に耳打ちした。


「例の記者が病院に入ったという目撃情報が……」


先生の顔がさっと青ざめた。


「ソウ君、その“変なおじさん”とスミレちゃん、どこにいた?」


「中庭の自販機のところ」


僕がそう言うと、先生と警備員さんはすぐに駆け出していった。


***


病室に戻ると、ちょうど扉が開いた。

そこに立っていたのは、スミレちゃん――じゃなくて、お父さんだった。


「起きていたか。調子はどうだ?」


お父さんはどこか疲れていたけれど、笑顔を見せてくれた。

それだけで、僕の胸がじんわりあたたかくなる。


――スミレちゃんが退院するのがイヤなんじゃない。

僕が元気になって、また会いに行けばいいんだ。


「あのね、お父さん。僕、頑張るよ。元気になる」


そう言って、お父さんにぎゅっと抱きついた。

お父さんは力強く僕を抱き返してくれた。


そのあと、僕はスミレちゃんのことや、さっきの変なおじさんのことを話した。

お父さんは眉間に皺を寄せて、真剣な顔で言った。


「もしも悪い人に何かされたら、大声で助けを呼ぶんだ。絶対に立ち向かってはいけない」


「うん……」


僕は何度も何度もうなずいた。



それから二日後。

スミレちゃんの退院が決まった。


僕はお父さんと一緒に、病院の玄関まで見送りに行った。

お父さんは、スミレちゃんのお母さんに何かを伝えていた。

お兄さんは、淡々と荷物の整理をしていた。


そして、スミレちゃんは、僕の手のひらにそっと何かを握らせた。


「これ、お守り。ラピスラズリっていう石でね、願いが叶うんだって」


その青くてキラキラした石は、まるで宇宙みたいだった。

白や金色の模様が混ざっていて、見ているだけで元気が出てくる。


「兄さんにお願いして、持ってきてもらったの」


「ありがとう……スミレちゃん」


「ソウくん、手術がんばってね。絶対、大丈夫だから」


最後に、お兄さんが僕の肩を軽く叩いて、低い声で言った。


「……頑張れよ」


その日、僕は泣きそうになるのを必死でこらえた。

だって、これは“さよなら”じゃない。

また会うための――“約束”なんだから。


そしてその翌日。

僕はラピスラズリを握りしめながら、手術室へと向かった。


お守りの力なのか、手術は無事に終わった。

お父さんは目に涙を浮かべながら喜んでいた。

不安だった僕は声を上げて泣いた。


これできっと、またスミレちゃんに会える。

その時には、「元気になったよ」って伝えたい。



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