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乙女ゲームのヒロインの死

紅野エリカが、学校の屋上から飛び降りた。

新学期が始まって間もなく、彼女の死によって学校は閉鎖され、私たちは自宅待機を命じられた。


グループラインでは、皆が紅野さんを心配していたが、しかし、私はただ混乱していた。


——彼女が自殺するはずがない。


なぜなら、彼女はこの世界のヒロインだから。


彼女が前世でプレイしていた乙女ゲーム『狂恋学園 〜闇に咲く純愛〜』。

そのゲームを何度も周回プレイし、愛していたはずだ。

1年間の学園生活を謳歌し、2年生の始業式の朝、思い出の場所に思い人を呼び出し、新学期をカップルとして迎える——

それが彼女の物語のはずだった。


ハッピーエンドのその先を誰よりも望んでいた。

なのに、なぜ。


冬休み前、彼女は私に対して妙に冷たかった。

でも、攻略対象やクラスメイトには普段通り接していた。

バイトのシフトはかぶっていなかったが、彼女は確かに出勤していた。

最近はモデルの仕事が忙しいと、同じモデルの事務所の弟にも愚痴をこぼしていたのも覚えている。


それなのに——


彼女は殺されたのではないか?


妹がプレイしていたあのゲームには、複数のバッドエンドが存在する。

だが、彼女はかつて私に言い放った。

「サポートなんていらない。私の脳内には、彼らの情報もセリフの一言一句もすべて入っている」と。


——この世界はゲームなんかじゃない。現実だ。


もし、彼女が想定していたセリフや選択肢が、わずかにずれていたとしたら?

バタフライエフェクト。

些細な違いが、彼女の望んだエンドを狂わせたのではないか?


そして、もう——

彼女は戻らない。


この世界の主人公がいなくなった今、一体どうなってしまうのだろう。


スマホが震えた。

伏せていた画面を見ると、バイト先の先輩・橘隼人さんからのメッセージが届いていた。


『紅野ちゃんと今日シフト一緒なんだけど、まだ来てないんだけど〜。スミレちゃん、知らない??』


ぴえん、と涙目の絵文字。


まったく緊張感のないメッセージに、彼女の死を伝えなければならない。


——橘先輩は優しい人だ。きっと、とても悲しむ。

そして彼は紅野エリカの攻略対象の一人でもある。

そのため、彼女は自分のシフトが先輩と被るように必ず私を使ってスケジュール調整していた。

橘先輩はとても優しく丁寧に仕事を教えてくれたし、私とシフトが一緒で夜帰るときは必ず駅まで送ってくれた。

きっと紅野エリカにも同様に、いやそれ以上に接して親睦を深めていたと思う。


気が重かった。恋人同士の関係性になっていたかもしれないのに。

見上げた空は、私の気持ちなど意にも介さず、ただ快晴だった。


彼女の死を文字にするのが怖くて、私は通話ボタンを押した。


ワンコール。

すぐに電話が繋がった。


「橘先輩、仕事中にすみません。」


「あ、薫ちゃん?電話なんて初めてじゃない?いや〜、嬉しいな!」


ハスキーな声が、少し高めのテンションで響く。


「そういえば、初めてですね。」


「んで、どうかしたの?もしかして、愛の告白だったりして〜?」


電話越しでもご機嫌な様子が伺える。


「……あの、店長近くにいます?」


「は?店長?なんで??」


さっきまでの軽い調子が一変し、橘先輩の声が低くなる。


「紅野さんについて、お伝えしたいことがあります。スピーカーにしていただけますか?」


「……おーい、店長。ちょっとこっち来て。」


すぐに何かを察知した橘先輩は調理場で仕込みをしている店長を呼んだ。

彼が親ほど年の離れた店長を手招きする様子が、頭の中に浮かんだ。


「はーい、薫ちゃん、どうしたのかな?」


店長は橘先輩の態度には意に介さず、のんびりと私を呼んだ。

私は何も知らない彼らに彼女が死んだことを話した。


重い沈黙を破ったのは橘先輩だった。


「まじか…なんというか、それは悲しいな。薫ちゃんは大丈夫?」


「私は、まだ感情の整理がついていません。彼女とは小学校からの仲だったので。」


私の親友だったエリカちゃんは、中学三年生のときに人格が転生者によって入れ替わった。

幼馴染だった、誰にでも優しい彼女は、中学三年の冬に私の中では死んでいる。


成り代わった彼女の念願の逆ハーレムが成就すれば、

本物のエリカが戻ってくるのではないかと思っていた。


——だが、魂の器ごと壊されてしまった。


願わくば、入れ替わった転生者の世界で幸せに暮らしてほしい。


私は、この世界で一番の友を失った。


今ようやく、それを認識してしまった。


人生二回目の小学生からの記憶には、いつも自分とは対極のエリカちゃんがいた。

成人女性が突然の死から目覚めたら全く知らない別人で、小学生を演じなければない。

そんな不安定で歪な私のそばには、いつもエリカちゃんがいたのだ。


一気に目頭と脳が熱くなり、涙がこぼれる。


「紅野さん…そうか…」


優しい店長の声は、震えていた。

いろんな感情がごちゃ混ぜになっているようだった。


「今日はお店閉めようか…橘君も今日は上がっていいから。」


「はい…」


電話に出た時とは打って変わって橘先輩もひどく落ち込んでいる様子が声色で伝わってきた。


「薫ちゃん。無理そうだったら俺、明後日のシフト変わるから。」

最後にそう言ってくれて、電話は切れた。


一体だれが紅野さんを殺したのだろうか。

私の中では自殺の可能性は一切なかった。

脳裏によぎるエリカちゃんの笑顔。彼女を殺した犯人を私は見つけ出さないと。

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