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四*

 卒業パーティーの日、在校生であるルルイエは深緑の美しいドレスに身を包んでいた。

「とてもお綺麗です」

 メイドが板についリティは感嘆の声を漏らす。

「ありがとう、リティ」

 手袋をしたまま、リティの頬に触れる。

「でもハンスお兄様がエスコートなんて、ずるいです。私が男だったらおねぇさまをエスコートしたのに」

 それがまだ不服らしく、リティは頬を膨らませた。

「あら、嬉しいわ。パーティーが終わったらまた一緒にダンスをしましょうか」

「ファーストダンスじゃないのは不満ですが、それでいいですよ!」

 リティが嬉しそうにほほ笑むと、ルルイエも嬉しそうに口角を上げた。

「そうだわ、今日のパーティーなんだけど、何があってもあなたは前に出てきてはいけないわ」

「……わかっています。私たちの宿願でもあるので……どうぞ御心のままに」

 リティは悲しそうに、目を伏せた。


 ルルイエは今日あの男たちが自分をありもしない罪で断罪することを知っていた。

 もちろん宰相も、王妃も第一王子も把握している。知らないのは国王くらいだ。

「空っぽの人形であればよかったのに。うまくはいなかいわね」

 やれやれと言った様子で、ルルイエはため息を吐いた。

「仕方ないです。あれ、昔からああなので。王妃様も流石に手を上げました」

 蔑むような口調でリティは言った。

「でもいいの? 傍についているアレは双子の妹かもしれないのに」

「いいんですよ、あんな失敗作。はやく廃棄した方がいい」

 レティはルートヴィッヒがルルイエを突き飛ばしたときと同じ表情をする。

「可愛いレティ、そんな顔しないで。さぁそろそろハンスがくるわ。シルキも今日はくるって」

「シルキ兄さまも、楽しみですね」

 ルルイエの言葉は絶対だ。リティはすぐに表情を変えて、久しぶりに会う兄に会えるとはしゃいだ。



 ハンスに伴われ、ルルイエは卒業パーティーの会場に足を踏み入れた。

 来賓の席には祖父や国王、王妃の姿があった。もちろん父兄がいる伯爵以下の場所にはハンスの両親もいた。

 卒業者の代表のあいさつがはじまる。壇上に立った第二王子は声高らかに叫んだ。

「卒業おめでとう。そして、我々は今この時をもって成人した。成人した大人は、ねじまっがったものを正さなければいけない」

 ルートヴィッヒはそう言って、ラーナを壇上に上げた。

「ルルイエ・オーガス、前へ出ろ」

 さっと人が引いて、ルルイエに注目が集まる。

「どうする?」

「まぁ、乗ってあげましょうか」

 組んでいたハンスの腕をポンポンと叩き、ルルイエは一人壇上の前に立った。


「お前は公爵令嬢ではない。過去に取り替わった平民の子だ。その証拠に、このラーナにオーガス家である証、星形の黒子がある!!」

 ラーナは鎖骨分の見える、胸の空いたドレスを着ていた。

 確かにラーナの胸には珍しい星形の黒子があった。


「愚か者が」


 オーガス家当主、フレッド・オーガスは怒りをにじませながらつぶやいた。しかし、ルートヴィッヒは止まらない。



「そしてこの取り換えは各地で行われている、貴族は都合の悪い子供の教会に隠し、それを売買している。それに関わってるのは残念ながら宰相のリヒテンシュタイン・ガルザーブだと我が兄のオーベッド・

インスマウスだ。私は苦渋の選択をした。我が兄を裁かなければいけないなど」

 後ろにいた宰相の息子も、父上本当に残念ですと、酷い演技で言った。


 王妃は扇が折れんばかりに握りしめていた。国王は驚いた顔で王妃と、宰相を見る。

 第一王子のオーベッドは遠征の帰路の途中で雨で遅れが出ており、まだ到着していなかった。

「私はラーナ・オーガスを妃に迎え、王太子としてこの国を守っていくことを誓おう」

 ルートヴィッヒはそう言って、ルルイエを指さした。

「そして、偽物は今ここで処刑する」

 その言葉と同時に、ルルイエの胸に光の矢が突き刺さった。

 放ったのは公爵家のブライアンだった。

「光の矢は悪しきものを罰する! これで審判はくだされたのだ」

 やった!と、ルートヴィッヒは思った。

 会場は沈黙が埋め尽くし、拍手ひとつ起こらなかった。


 静寂の中ゆっくりと王妃が立ち上がる。



「愚かなルートヴィッヒ、お前は、選択を間違えた」

 


 その顔は、満面の笑顔だった。



 その瞬間、ルートヴィッヒたちを何かが飲み込んだ。

「な、なにが、起こったんだ」

 暗闇の中、ルートヴィッヒたちは集まり、身を固める。

「本当に、面白いくらいに愚かね」

 歌うようなルルイエの声が聞こえた。

「な、光の矢で心臓を射抜いたはずだ!!」

 ブライアンが吠える。リチャードは剣を抜いた。

「まぁ、仕方ない。君たちは選択を間違えた。ただそれだけだよ」

 ぐちゃ、ぐちゃりとルートヴィッヒの背後から音がする。

「あ、あああ!レイ!!」

 後ろにいたリチャードが声を上げる。

「な、なにがあった?!」

 ルートヴィッヒは自分の声が震えていることに気が付いた。

 振り返ることができない、体が硬直しうまく動かすことができなかった。

 この感情を、ルートヴィッヒは知っている。


 恐怖だ底しえぬ、恐怖だ。


「れ、レイの体がねじ曲がって……ううっ……」

 ルークの声と、嗚咽が聞こえてくる。

「なに、何が起きてるの?!」

 ラーナが怯え、ルートヴィッヒにしがみつく。

「わからん、おい、どうなってるんだ?!」

 次に何かが砕けるような音がして、金属が床に転がる音がした。

 ラーナは金縛りにでもあったように硬直したまま、ゆっくり視線だけを下に動かした。

 真っ黒な床には、血だらけの剣と、それを握る手首までの手が転がっていた。

「い、いやああああ!!!」

 ラーナはルートヴィッヒから手を離して、走り出した。

 しかし、そこにあるのは、闇、闇、闇。

「リセット、リセットボタンはどこなの?! ここは、乙女ゲームなんでしょ?!」

 ラーナは床に転がり、真っ黒な地面を叩いた。

 思い切り、床を叩くと両手がおかしい方向にねじ曲がった。

「あ、あああ!!」

 ぎちぎちと音を立てて体がねじ曲がっていく。

「いや、いやああああ!!」

 首の骨が折れる音がして、ラーナは恐怖の表情を浮かべたまま絶命した。

 ラーナの絶叫を聞きながら、ルートヴィッヒは固く目を瞑った。

「どうしてこんな事に、やはり父上を貶めるような事をしたから……」

 ぶつぶつとルークは何かを呟いている。

「なんでだよ、悪夢の王は、光の矢で射抜いたんじゃなかったのよ!!」

 ブライアンも声を震わせながら何かをブツブツ言っている。

 

 どうして、どうしてこんな事になったんだ。

 ラーナは公爵家の人間じゃない事はわかっていた。でもこれはチャンスだと思った。

 兄を蹴落とし、リティに似たラーナを王妃に付かせ、オーガス家を没落させ、ラムレイ家も手中に収めてリティを囲い、愛すことを。

 そして自分が兄超えて王になるんだと。

 ルートヴィッヒには自信があった。あんな朴念仁の兄よりも、王たる気質があるのだと。


 それが、こんな、こんな所で。


「いやだ、俺は王だ、王になるんだ!!」

 目を開けて、顔を上げる。

 


 なんだこれ、生き物の目、真っ暗な闇の中に浮かぶ、黄色の細い目。

 山羊のような気味の悪い大きな目。




「          」




 ブライアンが半狂乱になって何かを叫び、駆け出すと、ルートヴィッヒの目の前で首が消し飛んだ。

 体は闇から現れた吸盤のついた触手のようなもので捻じ曲げられていく。

 吐き気を催し、ルートヴィッヒは反射的に後ろを振り返った。

 しかしそこには体を捻じ曲げられたルークの姿が目に入り、意識を失った。




 気が付くと、ルートヴィッヒは自室のベッドに寝かされていた。

「ああ、気が付きましたか」

 水差しを持ったメイド姿のリティが立っている。

「れ、リティ……?」

「ルートヴィッヒさまったら、パーティー中にお倒れになったんですよ。ルルイエ様は側近の方たちも心配していましたわ」

 そう言ってリティは柔らかく微笑んだ。

 体が痛くて思うように動かない。このまま彼女を抱きしめてあげたいのに。

「ラーナという女性がルートヴィッヒ様に毒を盛って投獄されました。顔も、殿下の好みに変えていたらしくて」

「そう、なのか……」

 何かがおかしい、ルートヴィッヒはそう思いながらもレティを見つめていた。

「ルートヴィッヒ様、大丈夫ですか? お水、飲めますか?」

「ああ、リティ……」

 リティに起こされて、ルートヴィッヒはリティの顔を見た。

 その顔はあの金色の山羊の目、口元はあの黒緑色の触手が無数に生えていた。

「ルートヴィッヒ様」

 野太い男の声と、リティの声が重なる。

 ルートヴィッヒは恐怖し、叫び声をあげた。



 ルートヴィッヒは悪夢を繰り返す。酷い悪夢を何度も繰り返す。

 それが悪夢の王に与えられた祝福、「深淵の揺り籠」だった。




 遅く到着した第一王子はルルイエの姿を見て、目を輝かせた。

「おお、神よ」

 感嘆の声を上げ、その場に跪く。

 ドレスの中から無数の触手を生やし、目を金色にしたルルイエが光の矢を抜き出していた。

「痴れ者が」

 ルルイエは肉片を見てそう呟き光の矢をその手で砕いた。

 肉片と化したルートヴィッヒたちに目もくれず、貴族たちに振り返った。

 すると、貴族たちはその場に跪く。恐怖、畏怖、憧れ、羨望、愛、そんな感情が彼らの中を駆け巡った。

 

 元の国の主が帰還した瞬間だった。

「オーベッド」

 ルルイエが名を呼ぶ、オーベッドは跪いたまま、ここにと、声を張った。

「ご苦労であった、お前にこの国の王を任せる」

「しかし、」

 泣きそうな顔でオーベッドはルルイエを見た。

「よい、父親の首は刎ねろ」

 ルルイエはだったものはそう言った。

「御意に」

 オーベッドは嬉しそうにそう言って立ち上がった。


 この会場での魔法の使用は禁止されている。それを許可できるのは国王だけだった。

 国王はルルイエの存在が疎ましかった。オーガス家の存在も、国王は歴史をきちんと覚える気はなかった。所詮おとぎ話だと、たかをくくっていた。

 オーガスト家を崇拝する家は多い、正直邪魔でしなかっかった。ならばルートヴィッヒに乗ってオーガス家を消してしまえればと思ったのだ。

 オーベッドは王の前に転移すると、己の剣を抜いた。

「あ、ああ……王妃! メイリア!!」

 ルーファスは焦り、椅子から転げ落ちた。

「ああ、ルーファス、なんて愚かなの」

 唯一の頼みであった王妃は、愉快そうに笑っている。

「オーベッド、   様の御前です、私のドレスには愚か者の血をつけないで」

「わかっております。母上、シルキ」

「はい」

 ずっと影を潜ませていたラムレイ家の長男シルキが黒いローブで身を包み、姿を現した。

 そして、オーベッドの剣に氷の魔法をかける。

 冷気を帯びた魔法剣はルーファスの体と首を一瞬で離した。

「本当に愚か、ルーファス。貴方は、選択を間違えた」

 転がる首を無表情で長めながら、王妃メイリアは言った。



 これにより、オーベッドが国王の座に就いた。シルキもその右腕として力をふるっている。

 ルルイエの中にいたものは、それを見届けるとまた元のルルイエに戻した。

 体が戻ったルルイエは相変わらず他人事で、当主、フレッドの言葉も、そうなのね。とだけ答えた。

「ルルイエ、しかしながらあれだけは私は肝が冷えたよ」

「ふふ、私があんなもので命を落とすわけがないわ」

「そうだな。ルーファスもその息子も、愚かな奴らだ」

 フレッドはソファーに背を預け、呟いた。

「オーガス家には手を出すな。あれは悪夢そのものだ」

「ルルイエ、目をしまいなさい」

「あら、失礼」

 ふふ、と笑うルルイエに、フレッドはやれやと肩をすくめた。




 畏怖をもて


 恐怖を抱け


 それをもって愛すること


 オーガスの血は 悪夢そのものだ


最期までありがとうございました。


リティ視点の続きや、ラーナや他の人達視点の話もちょこちょこ投稿しようと思います。

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