三点五
私の記憶は教会からはじまった。
シスターの胸に抱かれ、乳を飲まされる。歩くようになると少しずつお祈りを覚えさせられた。
この国の福祉はよくいきわたっていて、私たち孤児が教会でひもじい思いをすることもなかった。
集団での入浴の際、同じ孤児の女の子が私の鎖骨を指さした。
「貴方には珍しい黒子があるのね」
星の形にも似た黒子は公爵家に代々伝わるものでもあるそうだ。
「もしかして公爵令嬢なのかも」
女の子は夢見がちに言った。そう言われるたび、私もだんだんそうじゃないかと思い始めた。
しかし迎えに来たのは子爵家の当主だった。産んだメイドが教会に私を置いた時と一致していたからだそうだ。
公爵家ではない事にがっかりしたが、これ子爵家もそれなりに裕福ではあった。私はラーナと新たな名前をもらい、マナーなどのレッスンをさせられた。
そして、子爵家にきて五年、十五歳になった私は兼ねてより決まっていた貴族の学校への入学が決まった。
「学園といっても小さな社交の場だ、くれぐれも節度を守るように」
当主にそう言われ、私は頷いた。しかし、私は学園への希望で胸がいっぱいだった。
出会いはすぐに現れた。なんと第二王子から声をかけられたのだった。
私はなんとか挨拶をすると、君はかわいらしいな。と頭を撫でられた。
そんな事をされた私は舞い上がった。側近の人たちも私を可愛いと言って優しくしてくれる。
当主の言った節度とはいったい何なのだろう。こんなにも上位貴族は私に優しいのに。
教室では相変わらず一人ぼっちだけど、ルー様たちがいれば怖くはなかった。
でもルー様たちが卒業半年前を控え、少しだけ空気が変わってきた。
「そろそろどうにかしないといけない」
ルー様は第二王子なので臣下として兄に仕えるか、どこかに婿入りしなければならなかった。
「ルー様は王様になれないんですか?」
そう聞くと、ルー様は少し困ったように笑って、そうしたいけど兄がいるからね。と、私の頭を撫でた。
ルー様と別れて私は教室への道を歩いている。ルー様は卒業と同時にこの学園からいなくなる。
ほか側近たちも同様だ。
「どうしよう、そうしたら私、一人だ」
私はルー様とずっと一緒にいられると信じていたから、クラスの人を全く見ていなかった。
でも来年は?卒業したら?
私は言いしれぬ不安に襲われた。
そしていると、向かい側から誰かが歩いてきた。彼女を見た瞬間、私の中に大量の記憶が入り込んできた。
私は日本という国で乙女ゲームをやりまくっていた。
その中でも一番お気に入りが「薔薇の約束」というゲームだった。
おぼろげだが、ルー様や他の側近たちとキャラクターが酷似している。
そして私は実は取り換え子で真の公爵家の人間だったということ。
第一王子は不正をして、ルー様が国王となり、私が王妃になりいつまでも幸せ暮らすというのがゲームの内容だ。
そして、公爵家の証は。
私の鎖骨にある星形の黒子だ。
そして彼女こそ、私たちの前に立ちふさがる偽公爵令嬢。
「ああ、あれが悪役令嬢」
私は小さな声でつぶやいた。
私はうつむいて、彼女が通り過ぎるのを待った。その間も、ゲームの攻略内容を必死に思い出していた。