三
ルートヴィッヒに呼び出されたのは、断りの連絡を入れてそれが承諾された翌日の事だった。
空き教室の中にはハンスを伴ったルルイエと、側近候補を伴ったルートヴィッヒが対面していた。
「オーガス家は断りの連絡を入れたと聞いた」
「ええ、契約ももちろんですが、我がオーガス家にメリットがないので」
切り捨てるようにルルイエは言った。
はっきり言うなぁ。とハンスは思いながらなりゆきを見届けることにした。
側近たちは教育が足りないのか、無礼な。と口々に言っている。
(アレは宰相の三男坊、それから騎士団長の四男坊、あとは公爵家の次男にあれはリンガル商会の次男か)
側近の顔を確認していると、騎士団長の四男坊が前に出てくる。
「リチャード、よい」
ルートヴィッヒはそれを制した。
「ルルイエ嬢、昔の事は水に流そう。リティは私の初恋だったが今は違う。私にはオーガス家の後ろ盾が必要だ。王には兄上がなるが、私に見合う家紋がなくてな。契約も大昔の事だろう?今更固執する事はない」
最上級の王子様スマイルををしているが、ルルイエの表情は全く動かない。
「単純に、私は貴方にはまったくもって興味がない。どうでもいいのですよ」
まっすぐ目を見て、ルルイエは言った。ルートヴィッヒの表情が一瞬揺らぐ。
「まぁ、そう言ってられるの今のうちだ」
「無理ですよ。貴方には何の権限もない。ただの王子なのですから」
話は終わりとばかりにルルイエは歩き出す。それに激高したのはリチャードだった。
父親譲りの燃えるような赤毛を後ろに結わえた、勇ましい顔立ちの男だった。
「貴様! 殿下に失礼だぞ!!」
そう言ってルルイエを掴もうとしたが、ハンスによって跳ねのけられた。
「失礼なのはお前だよ、リチャード君。君の父は騎士団長だが子爵家だ。公爵令嬢に手を出した家ごとなくなるぞ」
ハンスは涼しい顔でそう言って、ルルイエの後を追って教室を出て行った。
「流石に公爵家に手を出すのは悪手ですよ」
宰相の息子、ルークは呆れた顔でそう言ってリチャードを見た。
「しかし、なんとかあの公爵令嬢の弱み握れないかねぇ」
リンガル商会の次男、レイは軽い口調でそう言った。
「そういうのはお前の得意分野じゃないのか?」
公爵家の息子のブライアンがブロンドの髪をかきあげて言った。
「オーガス家は中立の筆頭だ。どこにも属さず、介さず、ただひたすらにしきたりと契約を守っている。一度入り婿に乗っ取られかけたが、すぐに解決したしな」
ハッとして、レイは横目でルートヴィッヒを見た。
「そうだな、だからこそ、私が入り婿になるにはちょうどいいと思ったのだが」
(リティは伯爵家の長女だが婿入りは難しい。あの女を落としてあの家に入り込み、リティを招いて暮らすというのはやはり甘い発想か)
ルートヴィッヒは笑う。あんなに教育を受けたのに、この男はまったくもって変わっていなかった。
いまだにリティをものにしたいと思っているし、ルルイエがオーガス家にいることも面白くない。
「いっそ兄を殺して俺が王になるか?」
その言葉に側近候補たちは顔色を変えた。
「冗談だよ」
ルートヴィッヒは作り上げた優しい笑みを浮かべて側近候補たちを見た。
それから一年が経ち、新たな入学制たちが入ってくる。その中にはリティの姿はなかった。
リティはルルイエの専属メイドを希望していて公爵家にメイド見習いとして従事することになったからだ。
リティへの執着が消えないルートヴィッヒは抗議しようと手紙を書いたが検分で見つかってしまい王妃に叱咤された。
これ以上執着が消えぬようなら最悪教会の出家や隣国へ女王の元への婿入りも考えなければいけないと、王妃に言われ青ざめた。
第二王子だからと甘やかせている自覚はあった。しかしあの日、ルルイエを突き飛ばしてから事態は急変したのだ。
厳しくマナー、勉強をしいられ、兄と見比べられる事が多くなった。
兄オーベッドは優秀だが、人形のように表情のない男だった。
物静かで、難しい本を読むのが好きな男だった。
しかし、宰相とまつりごとに参加する姿はすでに国王たる風格を見せていた。
王妃に似た意思のある目と、王家の金色の髪の美男子だった。
ルートヴィッヒも兄には劣るが優秀であった。兄が特異なだけなのだが。
ルートヴィッヒは在校生代表として最後の入学の祝辞を読んだ。真新しい制服に身を包んだ生徒たちの中で、キラキラとした目で自分を見つめる女子生徒を見つけた。
それはリティにも似た、髪色の少女だった。
少女は子爵令嬢のラーナと言った。ルートヴィッヒが声をかけると、リティの様に大きな瞳をぱちぱちとさせて、拙い礼をしてみせた。
ルークに調べさせると、ラーナは孤児だったが子爵家の手つきをされたメイドが産み落とし、教会に預けたという事だった。娘を欲した当主が探しあててようやく養子として向かい入れたとのことだ。
話をして、見れば見るほどリティとうり二つだった。
リティが一緒にいたらきっとこうなる。ルートヴィッヒの妄想の中のリティが現実に飛び出してきたようだった。
ルートヴィッヒとその側近たちはどんどん彼女に夢中になる。それは学園でも噂になっていた。
側近候補たちの婚約者たちが彼らに注意を促しても、可哀想だ。友達なのだから
それ以上でもそれ以下でもない。と、突っぱねられるばかりだ。
こうして彼とばか一緒にいる彼女はどんどんクラスからも孤立していった。
関われば王族や上級貴族に目を付けられると、皆彼女と関わらないようにしていた。
ラーナ王子たちに可愛がられてはいるが、決定打がないことに焦っていた。
こうしてういるうちに彼らは卒業してしまう。なんとか彼らの中に入り込まなければならないと。
ラーナは一学年うえのルルイエを偶然渡り廊下で見かけた。
「ああ、あれが悪役令嬢」
自然と口をついた言葉だった。
この世界は乙女ゲームの世界、ならば悪役令嬢が恋のスパイスとなるはず。
それが自分の横を通り過ぎたことに、ラーナは今までにない高揚を覚えた。
なんとしてでもあの女を陥れなければならない。第一王子も蹴落としてあの優しいルートヴィッヒを王とし、自分が王妃の座へつける勝ち筋を見つけなければ。
ラーナは必死に乙女ゲームの攻略を思い出していた。
それが最大の悪手だということも知らずに。