二
「ハンス、同じクラスみたいよ」
入学式後配られたクラス表に目を通しながら、ルルイエは言った。
「まぁ文官になる人間もそんなにいないだろうからな」
リティの兄でラムレイ家の次男のハンス・ラムレイが興味なさそうに眼鏡を押し上げた。
茶色の短い髪の青年はハンスと言い、ルルイエと同い年の従兄弟だ。
リティと親交を深めてからは、触らず当たらずを徹底していたラムレイ家との接点が再び再開した。
ラムレイ家は次男の失態で失墜しそうにはなったものの、ルルイエとフレッドが元凶は次男と夫人でありラムレイ家は無関係とし、その場を収めたのだ。
ルルイエの母親の形見を実の娘にもかかわらず毒婦から守ったリティの存在も大きい。あのようなガーデンパーティーで仲睦まじく和解したことも。
それか長男のシルキと、次男のハンスも従兄弟としてルルイエに接することができるようになった。
それと同時に、オーガス家の畏怖もきちんと教育され、ルルイエを蔑む事もなく仲良く過ごしている。
「シルキ兄さまは宮廷魔術師に受かったのよね」
「ああ、俺も文官目指してるけどお前の所に就職してもいいかもな」
公爵家の執事に就職するの王宮の文官と同じくらい文官を目指す人間には人気職であった。
「ジキルは厳しいわよ」
「ジキルさんが師匠なら喜んでなりたいくらいだ」
執事のジキルは宰相の側近にスカウトされるほど優秀な人間だ。
あの時当主代理に辞職を迫られたとき、すぐに前当主に事態を密告しに行った人物だ。中にいる人間は外部に事情をあまり漏らしていけない。爵位の低い者ならなおさらだ。いる時はなんとかかばっていたが、やめさせられては抗議もできない。しかし、やめてしまえば自由が利く。それからルルイエを救出することができた。
「ジキルは優秀ですものね」
ルルイエはしみじみと言った。そんな言葉を聞いたらジキルはきっと泣いてしまうかもしれない。
クラス表を折りルルイエはハンスと教室を目指す。途中、向かいの廊下で人だかりを見つけた。
「ルートヴィッヒ第二王子だな」
遠目からでもわかる金色の髪が見える。
「ああ、先程在校生のご挨拶をされていた」
ルルイエはどこまでも他人事だ。
一目ぼれしたリティに執着し、ルルイエを突き飛ばし、罵倒を浴びせた問題王子。今は王妃の教育によりまともになっていると聞く。
「挨拶に行った方がいいの?」
どこまでも興味なさそうにルルイエは言った。
「いや、向かいの廊下だしいいだろう。もうリティには執着してないし、関わらない方が楽でいい」
ハンスはそう言って教室への歩みを再開した。ルルイエもその後についていく。向かいの廊下から視線を感じながら。
教室に入り、学友たちと挨拶を交わす。よくパーティーなどで話をしていた文官志望の人たちばかりでほとんど顔見知りだった。
「ルルイエ様は淑女科ではないんですね」
「ええ、私は当主の方だから文官のコースの方がそれに近いのよ」
子爵令嬢のナタリーに問われて、そのように返す。
「ナタリーったらルルイエ様が淑女科に行ったらどうしようって不安そうにしてたんですよ」
「ちょっと、アイリ!」
同じ子爵令嬢のアイリがルルイエにそういうと、ナタリーは顔を赤くして声をあげた。
「ふふ、ナタリーもアイリもこれから三年間よろしくね」
くすくすと笑ながらルルイエがそう言うと、もちろんです!と、二人とも嬉しそうに言った。
学生生活も落ち着いてきたころ、家に帰ると執務室で祖父が難しい顔をしていた。
「お父様、どうかされたの?」
ソファーに座るとメイドが紅茶を淹れ、ルルイエの前に置いた。
「国王からだ。王妃の反対を押しのけて我が家に第二王子を婿入りせよと」
「随分ですわね。そもそもオーガス家は中立の公爵家。王族はいれないという初代からの契約のはずです」
ルルイエはそう言って紅茶を飲んだ。
「国王は王妃に似た長男よりも自分に似た次男の方が可愛いらしくてな。なんでも第二王子の希望らしい」
「へぇ」
興味なさそうにルルイエはティーカップをソーサーに置いた。
「まぁ断るよ。これで受けいれてしまってはオーガス家の存在意義にかかわる、それにルルイエを突き飛ばしたクソガキにルルイエを任せられるものか」
「まぁ、お爺様ったらお口が悪いわ」
ふふふ、とルルイエは嬉しそうに笑った。
「しかし学園が一緒なのは気がかりだ。お前は優秀だ行く必要もないとは思うが」
「まぁ、お友達に会いに行っているようなものですけどね。先生の授業も楽しいわ。ハンスもいるし、まぁうまくやります」
ルルイエはフレッドの横まで来て彼を抱きしめる。
「大好きなお爺様。ルルイエは大丈夫ですよ」
「ああ、お前はそういうが、困ったことがあれば言いなさい」
私の可愛い、ルルイエ。と、フレッドは彼女の背中を撫でた。
その夜、国王は夢を見た。
信じがたい悪夢。無数の蔦が国王ルーファスに巻き付くのだ。
もがけばもがくほどそれは解けない。遠くから少女の鼻歌が聞こえる。
幼い少女の声、昔聞いた民謡だ。
目の前でルートヴィッヒが断頭台に立つ、金色の髪はぼろぼろでくすんでいて目も窪んで生気がない。
ルーファスは声もでない。やめろ!やめろ!と叫ぶが声にもならない。
観衆が石を投げると、それが当たって額から血を流してた。
処刑人に乱暴に掴まれ、ギロチンに首が置かれる。少女の歌声が強くなる。民衆の罵倒も
聞こえない。
一瞬音が止んだ。ルーファスとルートヴィッヒの目が合った。
「なんで止めてくれなかったんですか」
恨 み ま す
と口が動いていた。
ラァー!
悲鳴にもにた少女の声が高々と聞こえ、ルートヴィッヒの首が落ちた。
国王ルーファスは大量の汗を掻いて飛び上がるように起きた。まだ日が暗い。
時計の音だけがちくたくと部屋に響いていた。肩で息をしながら、またベッドに倒れこむ。
同じ夢はオーガス家から断りの書簡が届き、それを承諾するまで続いた。
畏怖をもて
恐怖を抱け
それをもって愛すること
初代国王の言葉だ。
「ふふ」
ルルイエはベランダに出て、夜空を見上げる。
「星が降ってきたわ」
夜空には無数の流れ星が降り注いだ。
「ルルイエ様、そろそろ冷えてしまいます」
「ルナ、ありがとう」
メイドがかけものをルルイエにかける。
「今夜は本当に綺麗な夜ね」
「ジキル殿に聞いたのですが、天の上から無数の焼け落ちた星々が通過する、天文学では流星群と呼ぶそうです」
「へぇ、そうなのね」
ルルイエは楽しそうにもう一度星を見上げる。空にはあふれんばかりの星が空に瞬き降り注いでいた。
畏怖をもて
恐怖を抱け
それをもって愛すること