一
はじめまして、ヤマダタヲロと申します。
よろしくお願いいたします。
悪夢の王の一片を宿し、ルルイエ・オーガスは生を受けた。オーガス家は時折体のどこかに星形の黒子を持った子が生まれる。そこ子は生涯を大事にし決して蔑ろにしてはいけないと。
そこには畏怖と、恐れがあったしかし、それを忘れてはいけない。愛し、恐怖を忘れるなと、それがオーガス家に初代から家訓として伝わっていた。
しかし、ルルイ四歳の時入り婿であるルルイエの父親、ローゼン・オーガスは、妻の死後、かねてより愛人としていた女と娘を屋敷に上げ入れた。
「今日からお前の新しい母と、妹だ」
当主代理にしか過ぎない父親は偉そうな態度でそう言った。
本来の当主を蔑ろにしはじめた。以前いた使用人を一新し、ルルイエを屋根裏に押し込めた。
ルルイエの持ち物のほとんどが義理の妹の物となった。
唯一隠していた母の形見の首飾りだけを残して。
そんな日々も長くは続かなった。
ルルイエをかばっていた執事辞めさせられ、その足で前当主に密告し、ルルイエの祖父がルルイエを救い上げた。
当主代理であった父親とその内縁の妻と娘は父親の実家の伯爵家に戻された。
わずか二カ月の天下であった。
「ルルイエ、遅れてしまってすまなかった」
「いいえ、お爺様、お体が悪いのに助けにきてくれてありがとう」
前当主はルルイエの見てゾッとした。
少し緑がかった銀色の髪はぼさぼさで、いつもなら緑色の愛らしその目は山羊のような金色の縦筋が入っていて、虹彩は夜よりも暗く闇が広がっていたからだ。
「あと少し、遅ければ悪夢が外に出る所だった」
本家に戻した執事に前当主はそう漏らしたという。
オーガス家は王家と密接していた。
初代国王が悪夢を打倒し、その飛び散った悪夢の一片を初代オーガス家は当主、ヨグ・オーガスが
その身に封印したのだ。
体のどこかにある星形の黒子はその印とされている。
それ以来、オーガス家は公爵家として地位を上げるが、あくまでひっそりと、国王と貴族たちの中立的な位置付けとになっていた。
ルルイエ救いあげ、前当主であったフレッド・オーガスは再び当主となった。
新しく雇われ、ルルイエを虐げていた者はすべて物理的に首を切る事となった。処刑までの何日か、眠るたびに悪夢にうなされ、大半のものは処刑までに自死したそうだ。
そしてバラバラにされたかつての使用人たちが少しずつだが戻ってきていた。
そして、本来であれば当主であるルルイエを虐げることは重罪であったが、強行したの義理の母親だけで、父親は愛人をものにした事に満足してしまい、新たな刺激を求め家に寄り付かず、妹のリティも母親がルルイエから強奪したものを無理矢理着せられていただけだった事がわかった。
地位を追われたローゼンはこの母親と強制的に婚姻し、その上で元凶たる彼女を捕縛し刑務所の地下に幽閉した。
リティの母親はルルイエの事を悪魔、悪魔を虐げて何が悪い! と、最期まで自分の無罪を主張してそうだ。父親も半ば幽閉扱いとなり、ある日酒の瓶を抱えたまま絶命したのを食事を運んできた使用人が発見したそうだ。
当時三歳リティはルルイエの祖父が押し入った時も、まるで他人事のようにルルイエと手を繋いでぼんやりと両親たちが声を上げているのを眺めていたという。伯爵家に戻されて父親と母親が死んだときも、「そうよね、あのひとたちはわたしのおねぇさまにひどいことをしていたもの」とだけ言って大して興味がなさそうにしていたという。
伯爵家によってリティは更生の余地が大いにあるし、リティの様子を不憫に思った当主である兄夫婦が親権を取り、淑女として教育をする事とした。
当主となったフレッドには山ほどやる事があった。本来病気のために引退したはずだった。
しかし、ルルイエと過ごすようになってから、持病が消えたと医師から伝えられた。
「まさに奇跡としか」
医師は興味深そうにつぶやいた。
「奇跡、か」
そうだな。私はルルイエにまだ生かされるということか。
部屋の隅の椅子で行儀よく本をよむルルイエが少しだけ顔を上げて優しく微笑んだ。
それはとても愛おしく、酷く恐ろしいものであった。
ルルイエが七歳となり、王族が主催するパーティーに出ることになった。伯爵以上の子供たちが出席するガーデンパーティーは第二王子の婚約者を探すパーティーも含んでいた。
ルルイエが婚約者に選ばれる事はまずないが、同い年の子供たちと親交を深めるのは良い機会だと祖父がルルイエを連れて行った。
アレがでなければ、ルルイエは可憐で、淑やかな愛らしい淑女なのだから。
ルルイエは一通りの挨拶を済ませると、リティの姿が目に入った。リティは別の息女と談笑していたがそれを中断し、ルルイエの前に立った。
そして、リティができる最高の礼を持ってルルイエに腰を折った。
「お久しぶりです、ルルイエ・オーガス公爵令嬢」
「リティ・ラムレイ伯爵令嬢。かしこまらなくてよいわ、顔をあげて」
ルルイエにそう促されて、リティはゆっくりと顔を上げる。幼さの残る顔立ち、少し癖のある赤みがかったプラチナブロンドの髪、そして愛らしい大きな青色の瞳がルルイエを映し出した。
「リティ、私の母の形見を守ってくれてありがとう。ずっとお礼がいいたかったの」
「オーガス公爵令嬢……」
「またお姉様と呼んでくださる? 私の妹なのだから」
リティは歓喜のため息をもらした。ルルイエがリティの手を握ると、リティは頬を赤く染め、おねぇさま、と言ってその暖かな手を握り返した。
「おい! その手を離せ!」
途端、急に誰かが割って入ってきたかと思うと、リティから手を引きはがされてルルイエの手が叩かれた。
透き通るような金色の髪は王族の象徴だった。彼女たちに割って入ってきたのは第二王子であるルートヴィッヒだった。
ルートヴィッヒの母親である王妃とリティの義理の母であるマリアは仲が良く、たまに大人しいリティをつれて社会勉強を伴ってお茶会をしていた。
そこで出会ったルートヴィッヒはリティに一目ぼれしていたのだ。
相手がルートヴィッヒとわかると、ルルイエは淑女の礼を取る。
「御尊顔を拝し……」
「うるさい!お前俺の可愛いリティをいじめていたな! 家まで追い出したくせにまたどういうつもりだ!!」
ドンっとルートヴィッヒはルルイエを手で押し、後ろに転ばせた。
そこでやっと追いついた従者が慌てて止めに入る。
「ルートヴィッヒ様! おやめください!」
しりもちをついてしまったルルイエはぱちぱちと瞬きをしてルートヴィッヒの方を見ていた。
「うるさいぞ! こいつがいたからリティは公爵令嬢になれなかったんだ。公爵令嬢なら俺と結婚できたのに」
どうやら独自に調べさせた結果、話を自分の都合の良いように湾曲していたようだった。
騒ぎを聞きつけたフレッドと王妃、そしてマリアが駆け寄ってくる。
「ルルイエ、大丈夫か?!」
「おい、オーガス公爵、今すぐにリティを公爵家に戻すんだ。これは王家してのめいれ」
言い終えない所で王妃がルートヴィッヒの頬を思い切り扇で叩いた。その衝撃でルートヴィッヒは倒れこんでしまった。
「私は、この日ほど貴方を情けないと思った日はありません」
震える声で王妃は言った。
「は、母上……」
母親に思い切り頬を打たれて、ルートヴィッヒは涙目になって王妃を見上げた。
「誰か、ルートヴィッヒを部屋に戻しなさい。貴方の教育を一から見直します第二王子だからと甘やかしていたわ」
苦虫を噛みしめるように王妃は言った。ルートヴィッヒは呆然とした表情で従者に連れられて行ってまった。
「ルルイエ、リティごめんなさい。オーガス家にはあたらめて謝罪をいれせてもらいます」
「王妃様、私は突き飛ばされはしましたがケガはありません」
フレッドに抱き起されてルルイエは言った。
「いいえ、こういうことはきちんとしなければいけません。皆さんもびっくりさせてごめんなさいね、本日はお開きにさせて頂いて、また別日に改めてパーティーを開催させてちょうだい。リティも驚いたわね、ごめんさいね」
「いえ、王妃様。おねぇさまが」
マリアの腕の中で震えながら、リティは涙目になってルルイエを見た。
「リティ、私は大丈夫よ。今度おうちに遊びにいらっしゃいね」
ルルイエをフレッド手を離し、リティ前に行き、またリティもルルイエに導かれるように優しく抱きしめ合った。
帰りの馬車の中、フレッドは本当にけがはなかったかと改めてルルイエに問うた。
「ええ、お爺様。私は大丈夫よ。でも止めに入ってくれてよかった。王妃様も」
「ああ、第二王子が自分の勝手で王命を使う事は今後の未来を閉ざしてしまうからね」
「いいえ、お爺様。あれを最後まで言い切ったら、あの王子はリティに殺されてしまう所だったわ」
「え?」
「お爺様はリティの顔、見ていなかった? リティったら憎悪と怒りでおかしくなりそうな顔で王子を見てしていたのよ」
王子様。危なかったわねぇ。と、まるで他人事のようにルルイエは言った。
第二王子はまだ十にも満たず幼く再更生という形となった。
オーガス家には見舞金がはいり、ラムレイ伯爵家にも王族しての圧をかけてしまったという名目でささやかな慰謝料が入った。
ルートヴィッヒはしばらくの間ラムレイ家とは接触が禁止された。ラムレイ家の長男次男は優秀だったが彼の側近になることはまずなくなった。
リティは最初兄たちの未来を閉ざしてしまったのではと申し訳なさそうにしていたが、兄たちはむしろあんな男の下に付くのはごめんだね。と返していた。
きっかけは可笑しくなってしまったがルルイエとリティの親交は深まる事となった。
お互いの家にお茶をしに行ったり、兄たちを伴って町のカフェに遊びに行くこともあった。
穏やかで忙しい日々を送り、ルルイエは十五歳になり貴族の学園に入学する事になった。