第9話 『謁見』
カレイド様と王都に入ってからはスムーズだった。
舟を使って水路を進むと水門にたどり着いた。
カレイド様は水門の裏に隠された扉を開けると薄暗い通路が現れた。
どうやら王族だけが知る隠し通路のようだ。
下水道のような隠し通路を徒歩で1時間ほど進むと王城内にある一室に出た。
「これってクローゼットの扉? そうかクローゼットが隠し通路の入口になっていたのね」
「静かに。慎重に行くぞ」
この瞬間からカレイド様はルーク・グリューゼル第一王子に戻った。
「はい。ルーク様」
ピタリと立ち止まるルーク様。
「お前だけは俺のことカレイドと呼んでくれ」
「は、はい⋯⋯」
顔が近い⋯⋯
部屋の扉を開けると甲冑を着た兵士が槍を手に待ち構えていた。
中央には燕尾服を着た老紳士風の男。
「殿下。隠し扉が開かれれば王城の警報が作動するようになっているのですよ」
「俺があの日この扉から家出したからか。やるじゃないか」
「ありがたきお言葉」
「国王陛下に会わせてくれ」
「もうすでにお待ちです」
カレイド様と私はルーク王子の側付きの侍従と思われる老紳士風の男と兵士に連れられて大きな広間に通された。
中央に敷かれた赤絨毯の先には立派な椅子。
まさに国王謁見の間だ。
そこへ赤いマントに白い軍服を着た白髪の壮年男性が現れる。
ガルードル・グリューゼル国王だ。
風格や威圧感が圧倒的に違う。
「流浪の剣士などに憧れて第一王子の立場を捨てたルークが今さら何ようだ」
たしか晩餐会の余興で武者修行中のスクリーム流剣士がルーク王子ら王族たちの目の前でスクリーム流の型を披露して
その見事な剣捌きに憧れたルーク王子は王城を飛び出して、剣士に弟子入りを志願。そのまま2人で流浪の旅に出たのだったわね。
「10年ぶりですね国王陛下。陛下もスクライン家が排除されてさぞかしお喜びのことでしょう」
「なんのことだ。片腕をもがれて喜ぶ愚か者などどこにいる」
「内務卿が殺される非常事態にありならがら王都内は平穏そのもの。なのでドライグ・スクラインの排除は陛下が望んだことと邪推いたしました」
「くだらん。そんなことを言いにわざわざ戻ってきたのか。非常事態が起きても民が平穏で過ごせているのはフィリップの手腕によるものだ」
「失礼いたしました。非礼を働いた報いとして、しばらく王城内に蟄居いたします。そのかわりこの娘を王城内で使ってやってください」
⁉︎ わたし!
「何者だ?」
「クラウダ・カーシュリー。異国よりやってきたおもしろい女です。官僚として使ってください」
「カレイド様! どういうこと私、聞いてない」
「どうしたクラウダ。いつもの調子はどうした?」
いつものって⁉︎ まさか⋯⋯
「その女がどうかしたのか」
なんかすごい威圧キタ!
「いや、その⋯⋯オーホッホッ、私はクラウダ・カーシュリー。天空にあるカーシュリー皇国の第一皇女よ。
下界の王よ。私がそなたの王宮で働いてあげることに感謝するといいですわ」
「ほう。貴様、天空に浮かぶ島から来たと申すか」
「あ、はい。なんかすみません」
しまったあまりの威圧感で素に戻ってしまった。
これじゃあOL時代の私じゃん。
鷹尾彩也子じゃん。
「うむ。たしかにおもしろい女だ」
は?
「よかろう。忙しくしているヴィンス・セオドリックのところで働くがよい」
なんかこの親子、さっきから私を弄んでない!
***
ヴィンス・セオドリックは私と対面するなり眉をピクつかせる。
「それであなたがこのクソ忙しいこのタイミングでやってきたと」
「は、はい⋯⋯」
「わかっていますか。来週、フィリップ王子主催の晩餐会が催されるのです。我々は晩餐会の準備を仰せつかっています。
今が大事な時期なのです。それなのに実力のわからない人間をよこすなんて国王陛下は何を考えておられるんだ」
えらい言われようだし、私にもあの親子が何考えているかさっぱりだよ。
「ルーク王子は何を企んでいる。まさか今度の晩餐会を台無しにしてフィリップを引きずりおろすお考えなのか」
すごい深読みしてくるな。
知将キャラだけあるけど、終始罵倒してくるのがうざいな。
「まぁいいじゃない」
そう言って赤髪ロングウルフカットのワイルドな女性が現れた。
たしかヴィンスの幼馴染で侯爵令嬢のオルラ・ビオネット。
身長はヴィンスと同じくらいで女性としては大柄。スタイルも整っている。
ドレス着たらさぞかし映えるだろう。それに男装の麗人のような頼もしさを感じる。
「今は彼女の実力を見るのが先じゃないか。ルーク王子のことを詮索するのはそのあとでもいいだろ」
「オルラが言うならしかたない」
「なにやら料理、引出物を担当しているニコラ・ラピィがめちゃくちゃやっているようだよ」
ニコラ⁉︎
「あの成り上がりものの外務卿め」
しかも外務卿! 合議制のメンバーにとどまらずいつのまにそこまで出世を。
「だからこの子と一緒に確認に行かせて」
「オルラが言うならわかった」
やけにオルラさんには素直だな。
!は、は〜ん。
***
「さっきのヴィンスの物言いはごめんなさい」
「いいえ。気にしてません」
内心は惨めだったよ。
「ヴィンスは大役を頂いていっぱいいっぱいになっているのはわかるけど。あいつは昔から周りに対してああ言うところがある。
だから学院に入ってフィリップ王子たちに出会うまでは同年代の遊び相手なんてワタシくらいしかいなかった」
アレ、もしかしてオルラさんも。
「どうかした?」
「オルラさんはフィリップ王子とヴィンス様の関係が羨ましいのかなぁと思いまして」
「な、何を言っているんだ。王子に対して恐れおおい」
口では否定しているけどオルラ様の頬は赤い。
正解だな。
「とにかく、今、厨房で晩餐会の料理のサンプルが並んでいる。急ぐぞ」
「はい!」
***
厨房に行くとテーブルの上にコース料理が並べられて集まった官僚たちが試食をしている。
『おいしい。どれも悪くない』
「料理の選定は全部、ニコラ外務卿が?」
「そう聞いている」
どうりで⋯⋯
私にとって並べられている料理にはどれも新鮮さを感じない。
ニコラ・ラピィの領内の品々ばかりで見覚えがあるからだ。
おそらく招待客に持たせる引出物の品も自分とこのものに違いない。
「どうかしたのか?」
「やっぱり、グラムバードの肉が」
グラムバードはラピィ領の名産。当然入れてきたか。
「グラムバードがどうしたんだ」
「グリューゼル王国では一般的な食材ですけど、隣国のクラセム王国では“神の使い”とされ食べることを禁じています」
「なんだって⁉︎ だとしたらとんでもない外交問題だ。よく知っていたねクラウダ」
「ドライグ・スクライン内務卿のところで働いていたときにドライグ様からは注意するように仰せつかっていましたから。
私たちのあたりまえが隣国では非常識なんてこともあると⋯⋯」
「なるほど」
「ひとつ提案ですが、せっかくフィリップ王子による新たなグリューゼル王国を披露する場。せっかくなら各領地の名産品を出してはいかがでしょう。
他国にグリューゼル王国には魅力がいっぱいあるぞとアピールするのです。もちろん食材には注意が必要ですが」
「なるほど。クラウダすごいね。これは妙案だ。すぐに用意させるよ」
話を聞いていた官僚たちが部屋を飛び出していく。
さっそく名産品集めに奔走するようだ。
「さて、ここからドンドン見直していきますか」
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