第5話『恋を隔てるもの』
立ち往生する馬車の脇をすり抜けて先頭の方に進むと人だかりができていた。
「いったい何があったのですか?」と繰り返し叫びながらカレイド様と一緒に人だかりをかき分けて行く。
ようやく人だかりを抜けると目の前には崩落した木製の橋。
「これはいったいなんなのですか⁉︎」
思わずとなりに立っていた行商人の青年の胸ぐらを掴んで尋ねる。
「わ、わからないんだ。雨が降り続いたわけでもないのに朝になったら土砂崩れで橋が崩落していたんだ」
それでこの騒ぎ⋯⋯
「他にルートはないのですか?」
「橋は全部で3本あったんだけど、全部崩落した。おまけに迂回路の山道も落石で通れない。それで2日前からこのありさま」
「なんてことですの。領主は? 領主は何しているの?」
「き、来てはいるけど、下流の方に」
「下流?」
「そのなんだ。来てはいるんだけど“揉めてる”」
行商人の青年が戸惑いながら指をさした方向に向かって土手の斜面を削って作った狭い階段を降りる。
そこからしばらく河川敷を進むと川をまたぐようにして建つ小屋が見えてきた。
その小屋にもまた行商人と領民と見られる人たちの人だがりができていて壁に貼り付くようにして中を覗き込んでいる。
小屋の中から男たちの怒声がーー
『うちは出さないよ!』
『うちだって出さないぞ!』
窓から覗き込むと屈強な男2人が地図を挟んで怒鳴りあっている。
どうやら顔を挟んで隣り合っている領地の領主たちのようだ。
私たちが立っているのがジルベール領だから手前に座っているのがジルベール男爵か。
そしてその奥がモーリス領の領主モーリス男爵か。
そして真ん中に座る赤い短髪の男は見覚えがある。
イケ4の筋肉担当の“ガルザ・コンラッド” グリューゼル戦記の作中、巨大な斧を扱う脳筋キャラ。
あいつにこの状況をまとめることができるの?
「Zzz⋯⋯」
ほら、寝てるし!
「この橋があるからジルベール領の宿場町が儲かっているんだからジルベール領が金を出すべきだ!」
「橋のおかげで宿場町が潤っているにはお互い様だろ!」
どうやらどちらが金を出して橋を治すか揉めているようだ。
だとしたらフィリップ王子の新政権としたら腕の見せどころじゃない。
さぁガルザ・コンラッド。どう出る?
「難しいことはよくわかんないけど。王国政府は金を出さないぞ。フィリップ王子の意向でな」
何言っているの!フィリップ王子の株を上げる絶好のチャンスじゃない。
王国が気前よく金を出すが1番の解決策でしょ!
そうすれば領主たちの人望も集まるのよ。
「フィリップは言っていた。金ではない。ジルベール、モーリス、互いの将来につながる解決策を導き出せと」
ノープランじゃん。
きっとキメ顔でかっこいいこと言ったつもりなんだろうけど。
中身無いから。
嫌だ嫌だこんなところでラスボスの底を知るなんて。
「もし王国政府が橋をかけるとなっちゃあ、通行税を取るぜ」
ひどい。通行税を払うのはジルベールでもモーリスでもなく行商人。
物価が上がるだけじゃない。何考えているの!
「だったらモーリス領が橋をかけた場合にも通行税だ」
「ジルベール領もだ」
だから物価が上がるだけだって。苦しいのは自分たちだよ。
『おい、さっさと決めてくれ!』
『いつまでやっているんだ!』
痺れを切らしたギャラリーからヤジが飛ぶ。
「いつからこんな話し合い続けているんですか?」
隣にいた行商人の男性に尋ねる。
「もう2日もこんな調子だ。あとから仲裁にやって来た赤髪の貴族様が来てからさらにこじれてる」
「いつまでつづくのよ⋯⋯」
「まったく困ったものだぜ。売り物の野菜が腐っちまうからこの辺の領民に安く売っちゃいるけど商売あがったりだ」
うんざりした私はさらに下流の方へ降りた。
「カレイド様、あの領主たちに付き合ってられません。遠回りになりますがトトス領を迂回しながら王都をめざしましょう」
「俺はなんだってかまわない。しかし、クラウダがあの状況を放っておくとは思わないが」
「うっ⋯⋯」
図星。
「な、なにをおっしゃいますの。私は悪役令嬢ですわよ。見捨てるときは簡単に見捨てますわ。行きましょう」
しかし、目の前には愛おしそうに、川を挟んで見つめ合う10代の男女の姿。
私の放っておけない指数が上がってゆく。
身なりからして貴族のようだが⋯⋯
2人を隔てる川は1mにも満たないのに、あの2人にとっては数キロ離れているかのような眼差しだ。
お互いが伸ばした手と手。
指先がわずか触れただけで引っこめてしまう。
どこかもどかしい
「ナタリー」「マルク」と互いの名前を呼び合う男女。
「今日はここまでにしよう。父さんたちに見つかる」
「⋯⋯はい」
すると“はッ”とした女性が私たちに気づいてそのまま走り去ってしまう。
「ナタリーッ!」
私たちは男性に見せつけるように川をぴょいっと飛び越えて彼女を追いかけた。
「待って!」
女性は息を荒くしながら立ち止まる。
「ごめんなさい。急に逃げたりして」
「あなた。モーリス男爵の娘ね。先ほどの彼がジルベール男爵の嫡男」
「私はナタリー。よくおわかりになりましたね」
「見ればわかるわよ。あの川を越えられない障害物と意識するのは領民か領主一族しか考えられない。
ましてやその身なりですから。おのずと」
「すごい観察力ですね」
「難儀ね。互いに惹かれあっているのに手すらつなげられないなんて」
「そ、そのようなことは」
顔を赤く染めながら否定するナタリー。
「あらそう。いい男でしたので私がちょっかい出しても文句はないですわよね」
「ちょっと待って!」
ナタリーは関を切ったように2人の馴れ初めを語りはじめた。
ナタリー回想
私がマルクと出会ったのは6歳のとき。
お母様が病で伏せっていて薬草を探しに川沿いを歩いていたら、土手に生えた薬草を見つけました。
だけどその土手は対岸。
お母様の病を治す薬草が目の前にたくさんあるのに取れないもどかしさ。
泣きながら川を渡ろうとする私を侍女が必死になって止めていました。
するとそこへ私と同じ歳ぐらいの少年が現れて、むしり取った薬草を
上流から私の方に流れるように流してくれました。
それがマルクでした。
マルクのおかげでお母様の病は治りました。
一方のマルクはお父上にこっぴどく叱られたそうですが、その日以来、私たちはお忍びであの場所で
川を隔てたまま遊ぶようになったんです。
***
年月を積み重ねて恋に変わっていったのね。
「ねぇナタリー、マルクと結ばれる方法があるとしたら乗ってみない?」
「マルクと⋯⋯」
期待が彼女の赤くなった頬に現れる。
表情というのは素直だ。
***
川沿いを未練に後ろ髪を引っ張られながらトボトボと歩くマルク。
「今日もナタリーに想いを伝えることができなかった。俺ってやつは⋯⋯」
『マルクッ!』
ナタリーの声⁉︎
マルクが振り向くと対岸にナタリーの姿。
だけどただらぬ雰囲気。
アイマスクで顔を隠した黒服の男がナタリーを後ろ手を縛って身動きがとれないでいる。
「盗賊です!マルクッ! はやく私を、マルクッ」
「騒がしい。この女頂いていく。返してほしかったらその川を越えてみるんだな」
「マルクッ!」
手を伸ばしながら叫ぶマルクの身体は硬直したまま、川を越えることはなかった
黒服の男はナタリーを連れて森の中に消え去る。
「ナタリーッ!」
こここまでしても一線を越えることはできないか。
男って意気地がないわね。
まぁ、異世界だからって私の作戦もベターか。
しばらくしてカレイド様と合流。
「ナタリーさんを無事、お屋敷にお届けなさった?」
「当然だ。少々覇気がないように見えたが」
「致し方ないわね。マルクはただ連れ去られるのをみてるしかなかったものね」
「これからどうする?」
「さっきの小屋に戻って様子を伺いましょう」
領主たちが揉めている小屋では大きな進展があった。
「モーリス様、エルフの族長が!族長が!」
領民が肩に矢が刺さってボロボロのエルフの男性を運んでくる。
「オディロン族長何があった!」
「と、盗賊だ。エルフの村が襲撃されて女、子供が連れ去られた。
橋が落ちたのも奴らの策略だ。行商人たちを立ち往生させ宿場町の一カ所に集まったところを一気に襲うつもりだ」
「たしかに馬車の逃げ場がないから襲われたらひとたまりもない」
「おのれ、盗賊ども!」
こ、これはなんというタイミングで⋯⋯
「どうする本物だぞ」
「まさに悪役令嬢的行いだわ」
「盗賊的行いだろ」
やってしまった⋯⋯
「盗賊をとっちめるなら俺も戦う。こっちの方が性に合っているからな。
モーリス、ジルベールも協力してくれるな」
「もちろんでございます」
「我れらこそ。我がジルベール軍をお使いください」
「ではさっそくジルベールには我がモーリス軍の指揮下に入ってもらってーー」
「何をいう指揮者に入るのはモーリス軍の方だ」
「いやいや、ガルザ様が連れてきた王政府部隊が駐在しているモーリス軍の指揮下に入るべきだ」
「多くの馬車が留まっているのはジルベール領の方。ジルベールの指揮下に入る方が合理的だ」
「おい、どちらでもかまわぬ。はやく兵を出してくれ」
しびれをきらした族長が割って入る。
「「これは大事なことだ」」
「人間が勝手に敷いた線でなぜ我らが不利益を被らねばならない!」
「モーリスが下だ!」
「ジルベールが下だ!」
このいがみ合いは盗賊が襲ってきても続きそうだ⋯⋯
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