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第3話『令嬢の涙』

そう選択肢はひとつよ。”グリューゼル戦記の主人公“


ためらうカレイド様は私の指先に触れる直前で、伸ばした手を引っ込める。


「カレイド様?」


「まだだ。貴様が何者か判断がつかないうちは決断しない」


「そう。ざんねん」


「それまでは貴様がなぜ俺の正体を知っているのか、問いただしはしない。

もしクラウダ・カーシュリーという女がこの王国に害をなす存在とわかれば迷わず斬る」


「おお、こわい」


クールにおどけてみせたけどカレイド様の目はマジだった⋯⋯


でもどうしようカレイド様の正体を知っている理由を答えなくちゃいけなくなったときなんて答えれば?

さすがに攻略記事読みましたは通じないだろうし⋯⋯


とにかく今は悪役令嬢クラウダ・カーシュリーを貫き通すしかない。


「では買い物つづきを楽しみましょう」


私はカレイド様の手を取り市場の方へとひっぱる。


「おい待て!これ以上なにを買うつもりだ!」


「お紅茶にしましょう。悪役令嬢たるもの紅茶をすすってこそですわ」


「はぁ?」


茶葉の店を求めて市場を見渡すと暗い顔で商品を見つめる店主の女性が目に止まる。


しかも茶葉の店のようだ。


「店主がそのようなお顔で商品を見つめていたら売れるものも売れませんわ」


店主の女性は目鼻立ちもよく金髪に碧眼、商人というにはあまりにも気品があって美しい女性で、まるで貴族令嬢だ。


そう私は彼女の正体を知っている。


「失礼いたしました。ですがこれからお店をたたんで次の両国に参るところですの」


いくつも並べられた木箱はどれも溢れんがかりの茶葉の山。


飛ぶように売れたから仕入れ直して次の街へという感じにはとても⋯⋯


「それは残念。ぜひ今度、おたくの茶葉からできた紅茶を飲ませていただきたいわ。

だから、あなたのお名前とお店のお名前教えてーー」


『見つけたぞ! あの女と黒ずくめの男だ』


⁉︎


まずい、こんなタイミングでラードル兵に見つかるなんて。


いや、絶好のチャンスだ。


「カレイド様! 追っ手をこちらに」


追っ手は3人。


カレイド様は市場という場所に配慮して抜刀せずに鞘の先端で

追っ手の腹部を突く。


カレイド様は私の指示に戸惑いながらも背負い投げで怯んだ追っ手を露店の方に投げ飛ばす。


追っ手の男はまた1人、また1人と茶葉の入った木箱に叩きつけられる。


周囲から悲鳴が上がる。


土埃が舞う中、ゆっくりと抜刀するカレイド様。


鋼色に輝く刃に危険を察した客や商人はその場から一斉に逃げ出した。


「さすがカレイド様、ナイス人払い」


カレイド様は不貞腐れた顔で刀を鞘にしまう。


そして壊れた茶葉の箱の中から大量の剣や盾があらわになった。


「さてと事情を説明してくださる?」


「し、知りません⋯⋯」


「この市場で武器の売買は御法度ですわ」


「⋯⋯」


黙秘か。


馬車の陰でさっきから震えている男性が武器商人か。


カモフラージュで彼女に武器を渡した人物。


「そこで震えていないで顔を出しなさい。あなたたちを領主に売り渡すつもりはないわ。

この武器、全部私に売ってちょうだい。支払いは全部。ラードル・スクラインで」


「ラードル⋯⋯そうかあんたらフィリップ王子派の」


私はさらっと署名して小切手を商人の男に手渡す。


「こっちもあぶない橋渡ってんだ。高く買ってくれるなら誰でも構わないですぜ。

だから悪く思わないくれご夫人」


「ちょっと待って!」


私は扇子で口を覆い首を横に振る。


「もう計画は露見してしまったんですからおよしなさい」


彼女は観念したようなどこかホッとした表情で涙ぐむ。


「ユーグ・セザール子爵が潜伏しているところに案内していただきますか? ルシール夫人」


「⁉︎ どうして私たちのこと」


驚いた表情を向けるルシール夫人。


「買い付けた武器が大勢の命を奪ってしまう。それがわかっていたからあなたは武器の入った茶葉の箱を見つめて暗い顔をしていた」


「それだけで?」


ふん。攻略記事で読んだなんて口が裂けても言えない。


こんな謎めいた思わせぶり口調も“悪役令嬢的行為”ね。


本来のストーリーはこうだ。


フィリップ王子派のユーグ・セガール子爵はフィリップ王子とは学園時代から支えるイケメン4人集イケ4(フォー)のひとり。


イケ4の中で一番爵位が低く、領地が小さいユーグ子爵は手柄を立ててフィリップ王子に重用してもらおうと

ドライグ内務卿派のロロール伯爵領で武装蜂起によるテロを決行。


そこに居合わせたカレイド様とキャロル。


カレイド様によってユーグ子爵たちは鎮圧されてしまうという展開。


ゲーム序盤の最初のボス戦ね。


ルシール夫人は小さな廃屋へと渡りたちを案内する。


「ここです」


扉を開けると青いロングの髪の青年が飛び出してくる。


「ルシール! 武器はーー」


私たちの顔を見て固まるイケメン。


「だ、誰だ⋯⋯君たちは」


「計画は失敗よユーグ」


ルシール夫人は泣きながら事情をユーグ子爵に説明する。


ユーグ子爵は取り乱すこともなく観念した様子で項垂れる。


彼もどこか安心した様子でルシール夫人を抱きしめる。


「ありがとう。私たちここに火を放って命を断つ」


「ちょっと待ちなさい。あなたたちが向かうのはあの世ではなくてよ」


「もはや。我らに居場所はない。ここは貴族らしく潔く逝かせてくれ」


「なにをおっしゃるの。あなたたちが行くのはロロール伯爵にところよ」


「「は?」」


ロロール伯爵邸の応接間は重苦しい空気に包まれた。


ソファに座るロロール伯爵とユーグ子爵夫妻はテーブルを挟んで向かい合い、静かな睨み合いがつづく。


ロロール伯爵領とユーグ子爵領は接していて代々境界線での小競り合いが絶えなかった歴史がある。


そんな両者の会談をセッティングした勢い任せでした私は我ながら恐ろしいことをした怖気付いた。


「まずはユーグ子爵の言い分を聞かせて」


「我が領地は近隣の両国の中でも一番小さく、これといった資源もない。

山間にある池のほとりに屋敷を構えて夫婦で細々と暮らしているが、いつ他領に切り取られるかと気を揉んでいる」


それってスローライフじゃない! うらやましい。


だけどチート級の強さもない領主が他領に囲まれて暮らすの嫌よね。


「ロロール伯爵は?」


「おととし流行り病で息子を亡くした。娘も嫁に出していて

あとを継げるのは幼い孫娘ひとりだ。この領地の未来はそう長くない」


そうなのよねぇ。ロロール伯爵はユーグ子爵の陰謀を止めたカレイド様にいたく惚れ込んで、

10歳の孫娘を嫁に差し出すことで領地を継がせてカレイド様ははじめて領地を持つことができるの。


だからこのゲームって基本イケメンしばいてオジサンを惚れ込ませて仲間にしていく展開なのよね。


しかし、グリューゼル戦記の展開だと孫娘は盾使いでパーティーメンバーとして毎回『カレイド様ぁ』ってロリタンクの役割で活躍する。


しかも攻撃と守備だから2人は結構いいコンビで⋯⋯


だからこのルートは絶対にぶっ潰します。


「話してみたらほらお互いの利害は一致しているじゃない」


「どこがだ?」


ユーグ子爵するどい。


「ほらお互い領地の未来に不安。だったら答えはひとつじゃない。ユーグ子爵がロロール伯爵のところに養子縁組して領地を併合。

ロロール伯爵も領地経営を若い2人に任せて楽隠居できる。とてもいい話じゃない」


ユーグ子爵とロロール伯爵は沈黙する。


「「⋯⋯」」


口火を切ったのはロロール伯爵の方からだ。


「たしかに悪くない話だ。領地を彼に任せて楽隠居できるのなら⋯⋯」


「ロロール伯爵の後ろ盾があれば近隣の両国に見くびられないし、攻め込まれる心配もない」


「だったら決まりですわね」


私はまだ硬い表情のロロール伯爵とユーグ子爵の手を取って握手させる。


「息子よ。今日から君が伯爵だ」


「ありがとうございます。養父上(ちちうえ)


殺し合うこともなく、領地の不安解消を見届けたルシール夫人は今度は嬉し涙を溢して

ユーグ子爵と抱き合う。


「そこで提案なんだがクラウダ・カーシュリー。いや、クラウダ様」


ロロール伯爵がマジマジとした表情で私の顔を見やる。


「私をあなたの家来にしてほしい」


「は⁉︎」


「私たち夫婦もだ。忠誠を誓いたい」


「え、え⁉︎ カレイド様じゃなくて、私!」


「そうだ。こんな豪胆なお方の下につくことを望んでいたのやもしれん」


だからって握手されてもですねロロール伯爵⋯⋯


「今日から我々の領地はあなた様のものでもあります。お望みをなんなりと」


ユーグ子爵もルシール夫人と一緒になって頭を下げないで!


断れないじゃない!


こうなったら“グリューゼル戦記”の世界をオジサンをしばいてイケメンを仲間にするゲームに変えてやる!


とても励みになりますので


感想やブックマークそして☆で評価をいただけると本当にうれしいです。


何卒よろしくお願いいたします。

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