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第2話『変身』

私は不謹慎だ。


お世話になったキャロル様や寝食を一緒にしてきた仲間たちが目の前で殺されたばかりなのに、

カレイド様との馬の2人乗り、背中にカレイド様の暖かさを感じて胸の高鳴りが抑えられない。


どうしよう⋯⋯ちゃんとかわいい顔できているかしら。


そんなことばかり頭によぎって、ほんと不謹慎。


カレイド様は何度か後方に視線をやりながら馬のスピードをあげてゆく。


その仕草がカッコいい!


ラードルの追手の姿が見えなくなったのか、背中に伝ってくるカレイド様の鼓動が落ち着きはじめた。


カレイド様は出会ってからずっと表情を変えないポーカーフェイスだけど、本当は緊張していたんだ。


「いったい何があった?」


詳しいことなんて私にだってわからない!

とにかく、今はヒロイン・キャロルのセリフを吐くしかない。


「私にも詳しいことはわかりません」


「わからないだと?」


チュートリアルの主人公セリフうざいな。


私がなんでも知っていてなんでもしゃべるNPCだと思ったら大間違いよ。それだったらとっくに洗いざらいしゃべっているわよ!


ってーー


前世の記憶を取り戻すまではモブキャラNPCだった。


カレイド様からしたら私なんて質問したら返ってくるNPCにしか見えないわね。


しかし、クラウダ・カーシュリーを名乗った以上、私はネームドプレイアブルキャラだ。


何か答えなくては⋯⋯


⁉︎


そうだ! NPCに聞けばいいんだ。


「市場にいきましょう」


王都と内務卿ドライグ・スクライン公爵の領地を繋ぐ街道沿いにロロール伯爵領がある。

ロロール伯爵の自由化政策によって王都や地方の行商人が集い、毎日大きな市場が開かれている活気のある宿場街だ。

本当だったらキャロル様たちとそこでショッピングを楽しむ予定だった。


「先ほどの男たちはドライグ内務卿を殺したと話していました」


「なんだと?」


「カレイド様に懲らしめられた男はラードル・スクライン。ドライグ内務卿の甥にあたります。

その男の言うには自分が内務卿を殺したと。情報通の王都の行商人に話を聞けば何かわかるかもしれません」


ちょうどいい。ゲームのシナリオからだいぶ外れてしまったんだ。

私が把握している“グリューゼル戦記”の情報とどのくらい齟齬が生じているか確認するのもありだ。


「ところでクラウダ。先ほどの高飛車な雰囲気とはだいぶ異なるな」


「な、なにをおっしゃるの。普段はキャロル様の侍女ですからこのような雰囲気でちゃんと主人であるキャロル様に接してましたのよ。

ま、まぁ⋯⋯キャロル様が命を落とされていつもより塩らしくなっているかもですけど」


ああ⋯⋯婚約破棄とか、前世の記憶とか、悪役令嬢とか、いろんなことがいっぺんに起きすぎて私らしくない。


カレイド様は鮮やかな手綱捌きで馬の進行方向を変えると細い山道に入っていく。


「ロロール伯爵領への街道はラードルの手のものが待ち構えている可能性が高い。

少々狭いがこちらの道をゆく。辛抱してくれ」


辛抱?


そのときは言葉の意味がわからなかったが間をおかずその答えがわかった。


「イタッ」


顔に小枝がベチベチと当たる。


「今は使われなくなった旧道だから整備がされていない。

痛いと思うがしばらく我慢してくれ。


街に着く頃には私の顔どうなっちゃうの⁉︎


***


「着いたぞ」


「⋯⋯(前が見えねぇ)」


“ロロール伯爵領”


ロロール伯爵領は小さな領地だが領主屋敷がある中心地では巨大市場が開かれて王都に引け劣らない活気で溢れている。


「スプーンにフォーク⋯⋯」


グリューゼル貨幣を日本円に換算すると日本と相場が変わらなくて安心した。


中世の設定だとするとコショウ一握りで小国の領主だったら年収超えちゃう額だもんなぁ。


今まで当たり前に感じてたけど前世の記憶を取り戻して視点が変わる。

こうやってあらためてこの世界の品々に目を通すと物の見方が変わったことに気づく。


文明レベルは15世紀〜16世紀の設定だけど、ケーキやクッキー、ピザ、マカロン、お寿司まであるから

現代要素があってグリューゼル戦記の舞台設定はガバいな。


食品の保冷保存は氷魔法で行っているってのも見事なご都合主義。


トイレは水魔法の水栓に、下水が整備されスライムを使った糞尿の浄化システムがあるから

公衆衛生は現代レベルだから安心。


よし。ここは褒めてやるぞ“グリューゼル戦記”の開発者。


『おーい』


⁉︎


「この荷物はここにおろしてくれ」


「へい。お頭」


馬車から荷物をおろして露天の準備をしている行商人を発見。


荷物の量からして王都から来たに違いない。


話を聞けば王都の最新情報が手に入るはず。


「もし」


周りを仕切っている様子からお頭と思われるおじさんに私は声をかけた


「お嬢さん、どしたんだずいぶんと泥だらけじゃないか。頭なんか葉っぱすごいぞ」


「行商人さん。教えてください。私、ドライグ内務卿のところで侍女をしております。

教えてください。王都で今、何が起こっているのですか?ドライグ様はご無事なのでしょうか」


「そうか。あんたも⋯⋯」


お頭は言い淀む。


「いいだろう教えてやる。王都はひっちゃかめっちゃかだ。武装した兵士が王都を閉鎖しちまった。俺たちも朝一にはここで商売をはじめるはずだったが

検問に引っかかってこんな時間になっちまった。あの状態がしばらく続けば仕入れもしにくくなって値段も上げざるおえない」


戦争の影響による物価高はこれからはじまるのか。


「それでドライグ様は?」


お頭は首を横に振る。


ラードルの言っていたことは事実だったようだ。



「まさかラードル様がドライグ様を手にかけるなんて⋯⋯」


「ラードル? なにを言っているんだ。フィリップ王子が立ち上がったんだよ」


「フィリップ王子が⁉︎」


私はわざとらしく驚いた。


ここまではゲームの設定通りだ。


フィリップ王子はグリューゼル国王に嫁いだドライグ内務卿の妹の子で甥っ子に当たる。


つまりラードルとは従兄弟同士だ。


ドライグ内務卿とフィリップ王子は内政、外交を巡って意見対立をしていた。


そして若い貴族たちで固めるフィリップ王子派が決起してドライグ内務卿を殺害する凶行に及んだ。


そうクーデターだ。


「カレイド様、ロロール伯爵屋敷に向かいましょう」


「ロロール⋯⋯どうして」


「彼は内務卿派です。私たちの身を保護してもらうにはうってつけです」


私たちはお頭にお礼を言ってすぐさま領主屋敷に向かった。


ボロボロの服装にドライグ様の侍女というワードだけで警備兵が私たちをすぐに屋敷の中へ案内してくれた。


すでにロロール伯爵領にもクーデターの知らせが届いている証拠だ。


応接間に通されると、長い白髪を後ろで縛った紳士風の老人が待っていた。


なんて用意がいい。


さすがゲームの世界といったところか。


彼がロロール伯爵。渋い老紳士。彼の見た目もゲームのままだ。


屋敷に入ってからの展開もここまでゲームのシナリオ通り。


しかし、キャロル様ではない私はばっさり斬られる可能性もあるから油断はできない。


「ドライグ様の侍女と聞いた。さぞかし大変だったであろう」


「では、ロロール様は王都での政変はご存じと」


これはキャロルのセリフ。


「速馬の知らせでな」


「ロロール様、はやく兵をあげてドライグ様の仇を」


「ドライグ様はすでに亡くなられている。兵をあげたところで無闇に兵の命が損なわれるだけだ。

お嬢さんすまんが我々はフィリップ王子の政の行く末を見守ることにした」


情勢を見極めるために静観するつもりか。


狡猾だ。


若い貴族だけでは政治が混乱する。その時こそ自分の出番とでも?


「ルーク王子が立ち上がるとしたら」


ロロール伯爵の目に殺気が宿る。


食いついた!


「お嬢さん、本当に侍女か」


こわっ!


今のはアドリブだったけど踏み込むのははやかったか?


ルーク王子はフィリップ王子の腹違いの双子の兄。


グリューゼル国王に嫁いだドライグ内務卿の娘の子で孫に当たる。


たまたま2人の妃が同じ日同じ時刻に王子を出産。


1秒生まれるのがはやかったルーク王子が兄となった。


ドライグ内務卿が王宮の実権を握るために仕組んだ婚姻だとしてもなんて複雑。


ドライグ内務卿も甥っ子のフィリップ王子よりは孫のルーク王子の方が血が濃いことから

ルーク王子に肩入れをしていた。


「12歳のときに行方不明になったルーク王子を担ぎ出そうだなんて奇跡をあてにするようなものだお嬢ちゃん」


「どうかしらね。この悪役令嬢クラウダ・カーシュリーの賭けに乗らなかったこと後悔するわよ」


「悪役?」


聞き慣れないワードに困惑するロロール伯爵。


なに?賭けって。


はったりとはいえ我ながら支離滅裂だったなぁ。


咄嗟にアドリブを入れたせいでここからノープランだ。


「行きましょう。カレイド・スクリーム様」


ひとまずは逃げよう。


「ああ」


突然、ハッとした表情をするロロール伯爵。


「スクリーム?」


ロロール伯爵は応接間をあとにする私とカレイド様の姿をドアが閉じるまで凝視し続けていた。


「カレイド様、ロロール伯爵に庇護してもらうアテは外れました。

いったんお屋敷を出て、市場に戻りましょう」


「待て、クラウダ。これからどうするつもりだ」


「どうするって?」


「いったいおまえはなにがしたいんだ」


なにがしたいって⋯⋯


その主人公ゼリフがうざいのよーー


「ああもうわかんないよ! 私がどうしたいかなんて私が一番わかんないよッ!」


もうぐちゃぐちゃだ。


こんなに感情的になるなんて私らしくない。


「婚約破棄されて、前世の記憶まで甦ってそしたらキャロル様が慰めてくれて。なのにそのキャロル様が目の前で殺されて、

私が悪役令嬢クラウダ・カーシュリーを名乗ることになって⋯⋯いろんなことがいっぺんに起きすぎてわけがわからないの!」


本当に私はなにがしたいのよ⋯⋯


おもむろに目を閉じて手の甲でコツンと何回か額を叩いてみる。


「クラウダ?」


⋯⋯


1日の出来事が脳の中を駆け巡った途端、不思議と私の中に答えが落ちてきた。


そうかーー


「ああ、なんだろう一周回って恋がしたい」


「は?」


「戻りましょう。カレイド様、もう一度お頭のところに行くんです」


『紫に、水色もいいわ』


戻ってくるなり口早くオーダーをあげる私にお頭は目を丸くする。


「お嬢ちゃん、生地を買ってくれるのはうれしいけど。こんなにたくさん払えるのかい?

全部シルクだよ」


「大丈夫。お金はスクライン家の小切手払うわ。全部、ラードル・スクラインに請求して」


「は、はぁ⋯⋯」


「まさに悪役令嬢的行為。すぐにドレスに仕立てられる?」


「娘が縫製職人だ。1日あれば作れる」


馬車の傍に立っていた女性が私の顔を見ておじぎする。


ブロンドの長い髪をおろし、質素なエプロン姿の女性。


彼女がお頭の娘か。


「リタと申します」


私は絵を書いた紙を彼女に手渡す。


「お願い、この絵のデザインでドレスを作って」


「は、はい⋯⋯」


彼女は戸惑いながら快諾してくれた。


次の日ーー


馬車の中でお頭の娘リタさんにドレスの着付けしてもらっている。

もちろんカレイド様は外で待たせているわ。


「どうです?」


「うん、イメージ通り。まさに“ロイヤルガーデン”に出てくる悪役令嬢クラウダ・カーシュリー様のドレスと同じ」


「はぁ⋯⋯仰っている意味はよくわかりませんが髪型はどうします?」


「もちろん毛先にウェーブをかけて」


「はぁ⋯⋯」


すべての用意が整った。


目の前の幌が開くと同時に太陽の光が差し込む。


そしてカレイド様の姿が目の前に。


「私は悪役令嬢クラウダ・カーシュリー。その真の姿よ。どうかしら?」


「見違えた⋯⋯」


「カレイド様ーーいや、ルーク・グリューゼル王子」


カレイド様の表情が変わる。


「⁉︎」


私は手を差し出す。


「さぁ、あなたならどうするの? 選択肢は2つ私の手を取るか、拒むか。選びなさい」


カレイド様は指先を震わせながらその右手を私の手に向かってのばしはじめる。


そう選択肢はひとつよ。”グリューゼル戦記の主人公“


とても励みになりますので


ブックマークそして☆で評価をいただけると本当にうれしいです。


何卒よろしくお願いいたします。

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