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第1話『転生』

ドライグ・スクライン公爵家のお屋敷に郵便の馬車がやってきた。


スクライン家のお屋敷で侍女として働いている下級貴族令嬢の私、サニー・リーグは

2階の窓を拭きながら、荷下ろしする郵便屋さんの姿をチラチラと確認しながら、運び込まれる荷物の多さに期待を膨らませてしまう。


奉公人として働く令嬢たちには、月に一回、実家から荷物が送られてくる。


待ち焦がれていた里からの手紙⋯⋯


差出人はもちろん結婚を約束した殿方、ニコラ・ラピィ。


もうすぐ年季があけて実家に帰れる。


そしたらーーそう思うと手紙を開ける手が震えて止まらない。


ニコラ様の手紙には結婚しようの文字が綴られているはず。


そのはずだったーー


『愛しのサリーへ。ハッピーなお知らせだ。僕は君の妹、リリィと、結婚することになったよ。

君のご両親も喜んでいただいている。サリーも僕たちの幸せを喜んでくれるよね!』


「は?」


“やっていられるかコンチクショー”


私はこの日はじめて仕事をサボった。


部屋に篭り、枕に顔を埋めてふて寝をしていると意識は夢の中。


気づいたら私はグレーの服装に短いスカートを履いた不思議な格好をしてため息を吐いていた。


しかもひどく疲れている。


この服装は確かスーツ⋯⋯アレ? どうしてわかるんだろう。


私が立っているこの場所は見慣れない街並み。


夜なのに建物の灯りで周囲が明るい。


道路には赤や黄色や青の光と人を乗せた馬車が馬がいないのに走っている。


どの建物も王様のお城よりも大きくて首が痛くなる。


そうだこの街は“東京”だ。


ん? どうして知っているんだこの街の名前を。


ここにいると憧れていた王都が一気に田舎に感じる。


どうして私はこんなに疲れているのに歩いているんだ。


通りかかった靴屋のショーウィンドのガラスに映った私を見て思わず立ち止まる。


「これが私⋯⋯」


黒髪ショートの髪型に黒い瞳、目の下はクマだらけの疲れきった顔。


私は鷹尾彩也子(わしお さやこ)


近くの企業で働くOLだ。


そうか、これが前世の記憶ってやつか⋯⋯


毎晩遅くまでの残業続きで体がもうクタクタ。


近くのものにつかまっていないと立っているのもやっとだ。


明日はひさびさのお休み、攻略中の乙女ゲームを進めないと。


やっとの思いで兄貴と2人で暮らすアパートに到着。


玄関を開けると中は真っ暗。


僅かな月あかりがゴミ袋の山を照らして私をウンザりさせる。


「兄貴は今日夜勤か⋯⋯」


部屋に一歩踏み入れるとさっそく硬い物体を踏んだ。


「イッタ!」


硬い物体を拾い上げると、兄貴が出しっぱなしにしたゲーム機だった。


「私のswitoじゃん! 兄貴のやつまた私の部屋から持ち出してプレイしてたな。

まったく自分の壊れたなら新しいの買えばいいのに。もういいやこのままゲームのつづきやろう」


私は着替えもお風呂も食事もすべてが面倒になってswitoの電源を入れた。


乙女ゲーム“ロイヤルガーデン” 平民出身の主人公が悪役令嬢のイビリに耐えながら同じクラスのイケメン王子と

恋に落ちて試練を乗り越えていくストーリー。


今の私にはこのゲームだけが癒しだ。


推しキャラは主人公じゃなくて悪役令嬢のクラウダ・カーシュリー。


このロイヤルガーデンは主人公ルートを一度クリアすると悪役令嬢のクラウダを

プレイアブルキャラとしてプレイできるクラウダルートが発生する。


私はこのクラウダルートを絶賛攻略中。


推しカプの公爵家の長男マーク・ディルクを落とすのに夢中だ。


switoが起動すると私はひどくがっかりした。


「兄貴のやつソフト戻してないじゃん! “グリューゼル戦記”ってなによ!

私の乙女ゲームはどこッ!」


もはやこのゴミの山からソフトを探し出す意欲が湧かない。


そうだ。このまま兄貴のゲームをプレイしちゃえ。


「へへへ、兄貴のやつ、帰ってきたらゲーム攻略が進んでてビックリするだろうな。いい腹いせだ。

やつの楽しみを奪ってやる」


まずはスマホで”グリューゼル戦記“の概要と攻略方法をチェック。


「なになに主人公はカレイド・スクリーム⋯⋯ちょっとかっこいいじゃない。

推してあげてもいいかなぁ。ジョブは剣士か。黒中心の服装もだけど兄貴が好きそうな中二くさいデザインだな」


ゲーム内容は流浪の剣士カレイド・スクリームが襲われていたヒロイン”キャロル・ティラン“を救ったことで

カレイドは天下めぐる王国の権力争いに巻き込まれていく軍記物ストーリー。

恐怖政治を強いる次期国王の第二王子の討伐が序盤のシナリオ。


なんだコレ?


「こんなのこの世界に悪役令嬢のクラウダ・カーシュリーが降臨したらイチコロじゃん。

第二王子も瞬殺ね。むしろ王国を滅ぼしちゃえるかも。兄貴、ずいぶんヌルゲーやってるね」


なんだかプレイしているうちに寝ちゃうかも⋯⋯


いかんいかん。まぶたが閉じたり開いたりしてきた。


ダメダメ。兄貴に仕返しするまで寝る訳には⋯⋯


ダメだ。強烈な睡魔で意識を持ってかれそう⋯⋯


『さん⋯⋯サリーさん、サリーさん』


女の人の声⋯⋯


呼んでいる?


***


ん? 揺れてる? そうだ馬車の中だ。


そうか私、居眠りを。やだ、よだれまで。


きっとみっともない顔してんだろうなぁ。


誰かに見られたらどうしよう。


「サリーさん!」


「はいっ!」


聞こえてきた女性の声の正体は“グリューゼル戦記“のヒロイン、キャロル・ティランだった。


眩しいほどの白いドレスを着て、まるで空のような青い瞳そして金髪の縦ロール。


なんとも美しいお嬢様はゲームのデザインのまま私の目の前に実在している。


「あっキャロル・ティラン」


思わず指をさした私にキャロルは不機嫌そうに答える。


「そうですよ」


「し、失礼しました⋯⋯キャロル様」


そうだ⁉︎ 思い出した。


どうやら自宅ソファの上でゲームをやりながら私は眠るように過労死した。


そしてこの“グリューゼル戦記”の世界に転生してしまったんだ。


どうして”ロイヤルガーデン“の世界じゃないのよ。

神様、いたずらにしては悪ふざけが過ぎませんか?

“グリューゼル戦記”の主人公でもなければヒロインでもない。ただのモブに転生させたんですか。


あんまりだわ。こんなのってーー


「サリーさん、最近様子が変よ。お仕事休みがちだったり、今みたいに居眠りしたりして」


「キャロル様実は⋯⋯」


私は結婚を約束していた殿方が妹と結婚した不満をぶちまけた。


「どうして年季があけるまで待てなかったのかしら。男ってやつはもう!しかも妹となんて」


「あらまぁまぁ⋯⋯」


キャロル・ティランも存外、かわいそうな人だ。

キャロルの婚約者は王国で内務卿を務めるドライグ・スクライン公爵。


キャロルに幼なじみの婚約者が居たにも関わらず、無理矢理別れさせられ、歳が30も離れていて孫もいる公爵と強引に婚約をさせられた。


その結婚も間近に迫っている。しかもキャロルは4番目の妻。3人の妻も未だ健在で肩身が狭い。


政略結婚の目的も特殊な能力を持って生まれたキャロルとの間に子供がほしいというものだ。


公爵の求めているのはキャロルの血だけ。キャロルのことは見向きもしていない。


その証拠にキャロルを別宅の屋敷に閉じ込めて家畜のように扱っている。


今日は月に一度王都にある本宅に出向いて、公爵に顔を見せる日。


表向きは結婚式の準備ということになっているが会う目的は寝室に直行して特殊能力を持った子孫を残すための儀式ーー


本当に気持ち悪い。


そんな波瀾万丈な設定⋯⋯いや、人生を送るキャロルは私の話を明るく振る舞いながら熱心に聞いてくれる。

私もついつい余計なことまで話してしまったような気がする。


ヒロインらしい素敵な女性だ。


ん? 一カ月に一度⋯⋯それに馬車の中ーー


“まずいッ!“


とんでもないタイミングで前世の記憶を取り戻した。


よりによって今日のイベントはーー


「キャロル様ッ!」


私がキャロルの名前を叫んだ途端、馬車が急停車して激しく揺れる。


「「キャーッ」」


私たちは悲鳴をあげた。


頼もしくもキャロルはすぐに落ち着きを取り戻し、私に覆い被りながら身を呈して私を庇ってくれた。


「お、襲われている⁉︎」


馬車の揺れが収まると私はキャロルを奥にやって、馬車の窓からおそるおそる外の様子をのぞく。


前世の記憶が確かならば⋯⋯


やっぱりだ⋯⋯


甲冑の騎士たちが馬車を包囲している。


高くかげられた旗には見覚えのある紋章がーー


「あれはスクライン家の御旗!」


「どうして味方が、キャロル様の馬車を!」


私はチュートリアル通りのセリフを吐いた。


しかし、前世の記憶を取り戻した私はこの後の展開を知っている。


クーデターなんて恐れ多いことをした犯人の正体も⋯⋯


『敵は王都にあり』


というような決めセリフを吐いて王都にあるドライグ・スクライン公爵の本宅を襲撃。そして命を奪った男。


その名は”ラードル・スクライン“


ドライグ・スクライン公爵の甥っ子だ。


「キャロル・ティラン出てこい! 兄上から預かった公爵の証の杖を俺に渡せ」


公爵の証の杖=デュークステッキはマント、コロネット(小冠)に次ぐ公爵の爵位を証明する3種の神器のひとつ。


その3つが揃ってはじめてスクライン家の当主にして公爵の爵位が認められる。


そのひとつはドライグ公爵の身に何かあったときの保険でキャロルの住む別宅に保管されていた。


「ラードル様ッ! キャロルはあの馬車の中です」


「そうか。出て来なければ俺が直々に杖を頂こう。ついでにキャロルの身体もおいしくいただくとするかな」


なんて外道なやつ!


ゲームのシナリオ通りならモブの私はキャロルを庇ってラードルに斬られるんだ。


それがキャロル覚醒イベント。


クソッこんなところで私の第二の人生が終わるのか⋯⋯


「そこをどきなさい!」


そういってキャロルは私を払いのけて馬車を飛び出した。


一方、馬車のドアを開けようとしたラードルは、剣を手に飛び出してきたキャロルに不意を突かれて


右手の薬指が切り飛ぶ。



「ぐわああッ」


「はやく逃げてッ!」


私は言われるままキャロルに渡された四角い革製のケースを手にその場を立ち去る。


本当にこれでいいのかと何かが私の後ろ髪をひく。


シナリオにはない展開に私の頭が混乱する。


振り向くとキャロルが剣を手にラードルと互角の戦いをしている。


「キャロル様ッ!」


「安心して私もすぐに追いつくから!」


「よそ見をするな!」


ラードルの剣がキャロルの肩をかする。


キャロルはすぐさま刀身を太陽に反射させてラードルの目をくらませる。


キャロルも私を追いかけてくるように走ってくる。


これで安心だ。2人で安全なところまで逃げるんだ。


「騎士に背中を見せたな。キャロル・ティラン! 槍をよこせ」


ラードルは近くにいた兵士から槍を奪って、すぐさまキャロルに向かって投げた。


「キャロル様、こちらです」


「サリー、うっ」


キャロルは口から血液を吐き出してその場に倒れ込んだ。


ラードルが投げた槍が背中から腹部にかけて貫いた状態でキャロルに突き刺さっている。


うそでしょ⋯こんなことって。


こんな展開もシナリオも私知らない⋯⋯


そう考えた瞬間、立ち止まってしまって身動きがとれない。


「さぁ、杖をよこせオンナッ!」


ラードルは私に向かって剣を振り下ろそうとしている。


ダメだ⋯⋯


『伏せろ!』


どこからか聞こえた声に私の身体が反応した。


私が咄嗟にしゃがんだ瞬間、黒づくめの男性が飛び越えてきて、この世界観らしからぬ日本刀を模した剣を抜刀してラードルに一太刀浴びせる。


ラードルの剣は中伏から折れて宙を舞う。


黒づくめの男が着地すると同時に折れたラードルの剣先も地面に突き刺さる。


「何者だ貴様ッ!」


「カレイド・スクリームーーと、だけ名乗っておこう」


「スクリームだとーー (東方の島国に伝わる一流の剣士だけが名乗ることが許される称号。得物はたしかに東方の剣。だがそんな伝説級の剣士がこの時代にいるわけがない。どうせはったりだ)」


ラードルはニヤリとした表情を浮かべる。


「お前たち、伝説の剣士様のお出ましだ。一斉に切り掛かって切り身にしてやれ」


「よく見ろ。お前の駒はもう全員倒した。峰打ちだけどな。あんたは首と胴体を切り離しても心は痛まなそうだから

思う存分やらせてもらうぜ」


「お、おいちょっと待ってくれ。よしわかった話し合おうじゃないか」


「は?」


ラードルの意表をついた態度にカレイド・スクリームを名乗る剣士の戦意が削がれる。


「お互い話し合えば分かり合えるものだろ」


もう“グリューゼル戦記”のシナリオは崩れた。


だったら私も相手の意表をつこう。


「さっきから何いっているんだおっさんーー」


『だったらその話し合い乗った』


私はデュークステッキを手に横転していた馬車の上に乗った。


「貴様、ただのメイドじゃないな。何者だ」


「私の名はクラウダ・カーシュリー。カーシュリー皇国の第一皇女であるぞ」


盛っちゃったー。本当のクラウダは侯爵令嬢なのに。


「カーシュリー皇国? 聞いたこともないぞ。そんな国家」


ですよねー。別ゲームに出てくる王国ですもの。


「貴様の想像にも及ばん遠くの地からやってきたのだ」


私はおもむろに天を指差した。


「まさか上空に浮かぶ島⋯⋯実在していたとは⋯⋯」


うわーなんかミラクル起きた。この世界のおとぎ話とうまくリンクしちゃった。


「そうよ。私は天上人(てんじょうびと)、暇つぶしに下界人の暮らしぶりを偵察してたらこんな野蛮なことに巻き込まれちゃって大変。

下界人って本当野蛮ね」


「どこまでも見下しおってこのオンナーー嘘だったらタダじゃおかないぞ」


「いいわよ」


どうしよう。はったりもここまでが限界。


さぁ黒の剣士、ボーッと私を見てないでさっさとあの男を斬り殺して。


ん? もしかしてこの状況面白がっている?


なんなの? さっきから目を黒点にしてジーッと見てくる感じ。


もしかして私のはったりに気づいている?


もう、どうにでもなれよ。


「見てなさい。こんな杖、こうしてやるわ」


私は高く掲げた杖を振り下ろして片膝でへし折って見せた。


「あああああああ」


ラードルは膝から崩れ落ちて慟哭の悲鳴を上げる。


「どう?悪役令嬢にふさわしい行い。私はさぞかし気分がいいわ」


なんせラードルの心がへし折れる音がしたのですもの。


「オーホッホ」


定番の高笑いなんてしちゃってすごく気分がいい。


「己、斬り殺してやるオンナッ!」


「おっさん、いつまでもレディの前でパンツ晒していたら格好がつかないぜ。出直すんだな」


「ん? なんだこれは」


イチゴ柄のボクサーパンツなんてダサッ。


「汚いもん見ちゃった」


まさか一瞬でラードルのベルトを切るなんて。


抜刀したのが見えないくらい速い剣だった。


さすが私の推しキャラ”カレイド・スクリーム様


「いまのうちににげるんだ」


そういって私を抱きかかえたカレイド様は高くジャンプしてあたふたしているラードルの側から離れた。


「あの馬に乗ろう」


カレイド様は軽々と私を馬に乗せるとすぐさま自分も乗り込んで痺れるようなカッコいい手綱捌きで走り出した。


かくして“グリューゼル戦記”のチュートリアルが終わった。

“ロイヤルガーデン”の悪役令嬢クラウダ・カーシュリーの登場により

この先、シナリオのない展開がつづいてゆく。私たちの逃亡(デート)はここからはじまる。



とても励みになりますので


ブックマークそして☆で評価をいただけると本当にうれしいです。


何卒よろしくお願いいたします。

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