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雨降りは地を固める


 ぱらぱらと、傘に雨が落ちる音がする。突然降ってきたよね、などという世間話もできないくらい、私と彼の間の空気は重い。

 ちらりと斜め上にある顔を覗き見ると、今までに見たことないくらいの無表情だった。感情がゼロで怖い。そんなに嫌なら、一人で帰った方がよっぽどよかったはずなのに、どうして私を誘ってきたんだろう。


 彼がなぜこんなに無表情なのか原因ははっきりわかっている。十対〇で、私が原因だ。


 永輔と付き合って、もう四ヶ月になる。高校一年の頃に仲良くなって、今年の五月に告白されて付き合うことになった。

 元々お互いに名字で呼んでいたのを名前に変えたり、週末に休みが合えば二人でデートしたり、最近までは普通の彼氏と彼女の関係を楽しんでいた。


 それが縺れたのは、完全に私のせい。


 先々週の週末、永輔の部活が突然オフになって私も暇だったので、二人で遊ぶことになった。遠出しようと言われて、電車に揺られて高校からも家からも離れたコスモス畑に二人で行った。到着するまで永輔はどこに行くのか教えてくれず、それが私を余計にわくわくさせた。

 コスモスがまだ八分咲きぐらいだったからかそんなに混雑していなくて、二人でゆっくりコスモスを見た。すごく綺麗で感動して、こんな場所を永輔が知っていることに私はひっそり驚いた。


 永輔は身長が一八〇センチ近くあって筋肉質で、すっきりした目鼻立ちなので大人っぽく見えるが、中身はすごく幼い。好きな食べ物はハンバーグとカレー、嫌いな食べ物はトマト、好きなスポーツは野球で、小学生の頃から野球しかしてきていない。

 男の子としか関わってこなかったから女心の「お」の字も分からず、全体的にガサツだ。しかし、そういう子どもっぽいところが面白くて、私にとってはかわいい。そういう認識だった。


 だから私は、こんなに女の子が喜びそうなところを彼が知っているということに驚いたのだ。



  *



「ここ、どうやって知ったの?」

「ん?」

「こんな綺麗なところ、どうやって知ったのかなと思って」

「ああ……」


 三時ごろ到着したはずなのに、気づいたら夕方だった。散々歩いて疲れたので、いまは花畑を上から一望できる丘に登ってきたのだ。どこかに座りたいな、と思ったところにちょうどベンチがあって、二人でそこに座った。

 スタミナの差か、永輔はちっとも疲れていない。立っていたら全然違う私と彼の目線が、座っていたらだいたい同じになるのがどことなく嬉しい。


 夕陽にコスモスたちが照らされていて、綺麗だった。どこにどのような色のコスモスを配置すれば綺麗に見えるか完璧に計算されており、上から見ても統一感がある。きれい、と思わず声が漏れた。


「や。芽依、前に言ってたじゃん」

「なに……」


 なにを? と訊くために永輔の方を向いたら、もともと十五センチくらいあった私と彼の距離がほとんど無くなっていた。近いよ、と言うのですら躊躇われる。私は、茫然と彼を見つめるしかできない。


「え、」 


 いつになく真剣な雰囲気の永輔の顔面がぐっと近寄ってきて、どうしよう、これ、もしかして――とパニックになっているうちに、私の両手は彼の口を塞いでいた。


「あ、えっと、ごめん、なさ」


 言いながら永輔の顔から手を外す。その瞬間、永輔は明確に傷ついた顔をした。

 彼の笑った顔や不機嫌な顔は見慣れていても、今にも泣き出しそうな表情は初めてで、私は動揺した。やってしまった、と思った。


「いーよ、気にすんな」


 痛みを堪えるような声でそんなことを言うから、私は余計に混乱した。部活の誰かに怒ってるみたいに、私に怒ってほしかった。望みが完遂されなかった、お前のせいだと罵ってほしかった。


 だって――付き合ってる人とキスをするくらい、高校生なら当たり前だ。


「……まだ早かったんだよな。ごめん」

「ちが……」

「いーんだよ、まじで気にすんなって。別に傷ついたりとかしてねえから」

「まって」

「帰んぞ」


 もう辺りは薄暗い。最近は日が落ちるのが早いから、真っ暗になるのももうすぐだろう。歩きながら肌寒くて身震いをすると、永輔は自分の着ていた長袖の上着を私の肩にかけてくれた。


「いいよ、永輔が寒いでしょ」

「芽依が風邪ひく方が困る」


 こんな時まで私の寒さをしのごうとする彼に、私は泣き出してしまいそうだった。私はあなたを傷つけたのに、どうしてやさしくしたりするの。申し訳なさと惨めさが追い討ちをかける。


 永輔にこんなに優しくしてもらっているのに、私はなにもしてあげられないし、さらには――彼を拒絶した。

「ね、ねえ、やり直そうよ」

「芽依がやりたくないのに、無理強いさせたくない」

「ご、ごめ」

「謝るな」


 俺がつらい、と続けられて、私の涙腺は壊れてしまった。きっと泣きたいのは、傷つけられたのは永輔なのに、私が被害者のような顔をするな。堪えようとするが、止まらない。


 コスモス畑に向かう道中も、花を見ている最中も手を繋いでくれていたが、今の二人の手は繋がれていない。それどころか肩も触れ合わないくらいだ。さっきは近くてどきどきしていたくせに、この隔たりが悲しい。

 ぼとぼと泣いているのに気づいたのか、頭をぽんぽん、と撫でられた。それでも手は繋いでくれない。二人で歩いているのに手を繋がないなんて、付き合ってから初めてではないだろうか。


 二人の距離は開いたまま、電車に乗ってコスモス畑から帰ってきた。電車の中でも必要最低限しか会話がなく、でもいつも乗っている時と同じように、人に押し潰されそうになったら助けてくれる。

 彼の優しさは、今の私にとっては辛い。どうして拒絶してしまったのか自分でもよく分からないし、分からないから混乱している。


「俺、さっさと帰って来いって言われてるから、帰るわ」


 電車から降りて早々、彼は言った。いつもなら、帰りたくないってごねるのに。そう思ったが、私に責める権利はない。「うん、じゃあ、私も帰ります」とかなんとか言って別れた。


 家に帰ってから、何かメッセージを送ればよかった。今日はごめんねとか、星がきれいだよとか、なんでもよかったのだ。メッセージを送りさえすれば、なんとかなったかもしれない。


 しかし、私は送れなかった。どうしても申し訳なくて、情けなくて、後悔が頭をぐるぐる廻って、布団の中でなんと送るべきか文面を何度も考えたけれど、結局思いつかなかったのだ。

 だって、その日は星が雲に隠れていたから。



  *



 そこから一週間と三日経った。いまだにメッセージは送れないまま、学校でも話さなくなって、四ヶ月記念日についてさえ触れられなかった。

 このまま自然消滅とかもあり得るな、と思っていたところで、今日の雨だ。


 帰ろうとしたタイミングで、ぱらぱらと雨が降ってきていることに気がついた。ひどい雨にはならなさそうだったが、傘をささなければ濡れるだろう。

 私は慌ててリュックサックとロッカーを漁り、折り畳み傘を発見した。ロッカーに置きっぱなしのものが入っていた。いつから置いてたんだろう、などと考えるのは野暮のすることだ。


 雨の酷くないうちに、と玄関を出ようとして、男の子が空を見上げてぼんやりしていた。傘を忘れたんだろうか、ちらりと窺うと――背中だけでわかった。永輔だ。

 急いで靴を履き替え、ひたりひたりと慎重に永輔に近づく。彼は私が斜め後ろに行くまで気づいていないようだった。


「あ、あの」


 声をかけると、永輔が面食らった表情でこちらを見た。無視はされていない、よかった。


「これ、貸すから……明日、ロッカーにでも返しといて。じゃ」


 折り畳み傘を永輔に手渡して、私は走って帰るはずだった。


「待った」


 走り出そうとした二の腕を掴まれ、さらには待ったをかけられる。私は頭がぐちゃぐちゃになっていた。

 永輔の、きりっとした瞳が私を覗いている。つり目がちな彼が笑うと、いつもより目尻が下がってかわいいと思っているのはまだ私だけだろうか。


「芽依も入れよ。一緒に帰ろ」


 赤地に白の水玉が描かれている傘を、永輔がなんともない様子で広げ、私を自分と一緒に傘の中に入れた。私と永輔の身長差は二〇センチくらいあるから、いつもより傘の位置が高くて新鮮だった。


 会話が無い。当たり前だろう。彼は怒っていて、悲しんでいて当然だ。彼女に拒絶されたのはもちろん傷ついたはずだ。心も、プライドも。


 でも、なんと言っていいのかわからない。「キスできなくてごめんなさい」? 「咄嗟のところで拒否してごめんね」? どれも不正解な気がする。これを言えばもっと彼を傷つけてしまいそうで怖い。


 メッセージや対話はできなかった。少なくとも私からは。――では、彼からは?


 永輔からも同じようにメッセージが来なかったということは、もう彼が私に呆れているということと繋がらないだろうか。高校生なんだし、そういうことをしないカップルの方が珍しいだろう。

 友だちの中には、もうそれを済ませてしまった子もいる。早いとか遅いとかは分からないけれど、多分、高校生でキスくらいはふつうなはずだ。


 キスすらできないのに、付き合う意味はあるのだろうか。


 私は永輔から目に見えるものも見えないものも、いろいろなものをもらっているけど、私が永輔にあげられるものなんてない。

 好きだなんて恥ずかしくて言えないし、永輔が格好よすぎてまともに目を見られない時だってある。面白い話はできないし、永輔のようにさりげない気遣いもできない。永輔がしたいなら、私のファーストキスぐらい差し出せばよかったのだ。


 なのに、私はそれを拒否した。大馬鹿者だ。最低だと罵ってほしい、それくらいされないと、私が私を許せそうにない。こんなに好きなのに、どうして彼を拒否したんだろう。

 誰のことよりも、ちゃんと好きなのに。


 もし学校で会って、話すチャンスがあったらこんなことを話そう、と考えていたことも、全て吹き飛んでしまった。

 永輔と話してない間、面白い出来事がいっぱいあったんだよ。ねえ、私の話、聞いてくれる? もう、前みたいにおしゃべりできない?


「……芽依」

「おっす!」


 ぐるぐる考え事をしていたせいで、返事を盛大に間違えた。もう、最低最悪だ。咳払いをして誤魔化してみる。


「……なに?」

「ちょっと、公園寄らねえ?」


 一気に心臓が冷えた。吸う空気が無いように思ったのは、相合い傘のおかげでいつかの帰り道より二人の距離が近いことに、今さら気がついたせいだろうか。それとも、嫌な予感がしたからだろうか。


 永輔が慣れたように公園を進んでいくので、遅れないようについていく。もっとも、永輔は私を置いて行ったりはしない。


 東屋に着いて、永輔が水玉模様の傘を閉じてふりふりする。手がびしょびしょになるからしなくていいのに、やけに丁寧な手つきで傘地をネームでまとめた。

 私が先に座って永輔の様子を見ていると、傘を閉じ終えた彼は私の隣に座った。いつもより肩の距離が遠くて寂しい気持ちになるが、何も言えなかった。


 やはり別れ話か。それしか考えられない。こんな面倒な人間、誰でもいやだろう。彼氏からのキスを痴漢みたいに拒んで、挙句メッセージの一つも二つも送ってこず弁解もしない。最悪の彼女だ。自己嫌悪が募る。


 しとしとと、屋根に雨が当たる音がする。道中もそうだったが、今日の私たちの間にはほとんど会話がない。――だから、彼が小さく息を吸う音も、聴こえたのだ。


「やだ」

「え、は?」

「別れようって言う? やだ」


 もう、私の目は水滴でいっぱいだ。まばたきをすれば落ちるだろう。絶対にこぼさない、という気持ちで眉を寄せ、目にこれ以上ないほどの力を入れた。


「ぜったい、わかれない。いやだ」

「ちょ、ちょっと待て、なに言ってんの」

「えいすけ、覚悟決めたって顔してる。もう、絶対喋らないで」

「無理だよ、なんでだよ」


 横を向いたらあたふたしている永輔が映った。私の目に浮かぶ水滴でさらに困惑したらしい。いつもはきりっとした目が、驚いたようにまん丸だ。


「むり、これ以上、しゃべんないで」

「こっちだって無理、いいから聞け」


 ふい、と身体を正面に戻したら、肩を掴まれて永輔の方向に向かせられた。


「あ、ごめん、触らないほうがよかったか」

「あやまんないで!」


 瞬きをしたせいで、目からぼろぼろ涙が落ちていった。さいあくだ。涙を見せたら、永輔が負い目を感じてしまうに違いない。


「ごめんなさい、ちょっとまって」


 もう二度と涙が出てこられないくらい、カーディガンの袖で目元をぐいぐい擦る。「そんなに荒くしたら、目ぇ真っ赤になる」と永輔に止められたところでやめた。

 ふう、と一息ついて、一気に話す。


「いやなわけじゃなかった。混乱して、咄嗟のあれで、すごい申し訳なくて……だけどなんて言っていいかわからなくて、嫌われたんじゃないかと思って、それにき、……キスぐらいであたふたする彼女ってめんどくさいだろうし、こんなのと付き合っても永輔にとってはデメリットしかないかもしれないけど、でも今すぐは、き、緊張するというか、なんとなく前置きとか欲しいし、あと永輔は顔が格好いいんだから、もうちょっとそのあたりを考慮してほしい」


 ぐちゃぐちゃだった。


「もともとかっこいいと思ってたのに、付き合ったらもっとかっこいいし、近くにいたら緊張するっていうのもわかってほしい。手、繋ぐのは、だんだん慣れてきたけど、そもそもそれだって永輔がはじめてだし、私、付き合うってこともあんまりわかってなくて、だから緊張して、でも手は大丈夫になったから、たぶんいずれは、そういうこともへいきになると思う。でも、いまはまだ、心臓がばくはつしそう」

「はあ」

「ただ、永輔のことがき、きらいとか、気持ち悪いとかではないっていうのは、わかってほしかった。もう、永輔は私のこときらいかもしれないけど、私はそうじゃないし、別れたくないけど、でも永輔がそうしたいなら、やぶさかだけど、致し方ない」


 嫌い云々のところで浮かんだ涙を我慢するために頭をフル回転させていたら、最後が武将みたいになってしまった。構わず続ける。


「永輔が、いまから……好きな人ができて、その子と付き合っても、たぶん私はまだ永輔が好きだと思う。たぶん、高校が終わっても、好きなままじゃないかな。気持ち悪いかもしれないけど、隠れてやるから、気にしないでほしい。……強いて言うなら、別れても、お話くらいは、できる関係であり」


 たい、と言う前に、永輔が「さわっていい?」と言ってきた。私は「やぶさかではない、よ」と返す。

 引っ張られて、座ったまま正面から抱きしめられた。途端に心臓がばくばく鳴って、壊れかけた。


「し、しぬ」

「死なない」

「しぬ!」

「いいから、俺の話を聞け」


 タイガーアンド、と茶化そうとしたら、「いいから聞け」と怒られてしまった。もしかしたら別れ話じゃない話をされるのかもしれない、今度は違う期待に胸が鳴る。


「まず、別れない」

「は、はい」

「俺は別れたいと思ってないけど、芽依が別れたいなら、そうしよって言うつもりだった」


 びっくりして永輔の顔を見ようと体を離そうとしたら、さらに強く抱きしめられた。心臓が動きすぎて死にそうだ。彼は私の肩に顎を乗せながら続ける。


「芽依が、男子に慣れてないっつーか、付き合うことすらよくわかってないっていうのは分かってた。手繋ぐのもっていうのはいま知ったけど……でも、めんどくさいとかは思わねえし、ていうか、思えねえ」


 突然がばりと剥がされて、驚きつつも永輔の顔を見つめると、あちらも見つめ返してきた。


「ナメてる? キスできねえ彼女と付き合うデメリットって、何? 俺がキスしたいからお前と付き合ってると思ってんの?」


 怒っている。切れ長の目がそう訴えていた。全体として直線的な彼の顔つきは、怒るとこんなにも恐ろしく見える。でも、かっこいい。


「お、おもって、な」

「思ってんだろ。だからデメリットとか言い出すんだよ」

「おもってないもん!」

「まあいいよ」


 言い合いになりそうなところだったが、話をぽいっと投げられる。私は片足をベンチに乗せ、彼はあぐらをかいて座っているので、ほぼ向き合いながら話すかたちになった。永輔は私の手を握って、グーにしたりパーにしたり、玩びながら言う。


「――あの日のことは、俺が悪かったんだ」


 一瞬、呼吸を忘れた。永輔は私の手を見つめている。


「一足跳びに行こうとしすぎた。芽依がかわいくて、つい舞い上がった。だから、芽依はなんも悪くない。あれは……痴漢と一緒だった」

「ち、ちがうよ!」

「いや、そうなんだ。同意をちゃんと得るべきだった。だけど、浮かれてた俺は、それを忘れた。言いたいことわかる?」


 わからないから、首をかしげた。永輔はがしがしと頭を掻いた後、言いづらそうに続けた。


「あの時の俺は、芽依の気持ちを無視して、俺のやりたいことを無理に押し付けようとした。だから、芽依はびっくりした。拒否してよかったんだよ。芽依は、なんも悪くねえ」


 また、ゆるゆると涙腺が緩んでいく。どうして彼はこんなにも優しいんだろう。


「そのあとの話だけど……芽依は歩きながら泣いてたし、どうしていいかわかんなくて、なんも言えなかった。俺が百パー悪いから話しかけにも行けないし、メッセージ送んのもキモがられたらどうしようとか思って」

「う、うん」

「帰り道に手繋がなかったのは、怖がられてたらって怖かったから。さっさと帰ったのは、芽依は俺のこと気持ち悪いだろうなって思ったから。連絡もしないで、話しかけもしなかったのは、芽依がいやがるだろうと思ったから」

「今日、一緒に歩いてる時に黙ってたのはなんで」

「黙ってたのは、緊張してたのと、下手なこと言わないようにと、やっぱりいやがられないように」

「……いやがるとか、無い」


 最初の一粒がこぼれたら、もうあとはとめどなく落ちていくだけだった。まばたきのたびに雨が降る。


「わかんねえだろ?」

「わかるよ」

「びびってただけだよ、嫌われたかもしんねえ、って」

「わたしと、いっしょじゃん」

「そう、一緒。だから、話聞きながらもっとびびった」


 永輔が、自分のシャツの袖をすこし引っ張って私の涙を拭ってくれる。隙間で嗚咽が漏れた。


「俺の顔がかっこいいとか知らねえし。自分で思ったことねえのに」

「言われてるの、知らないの?」

「知らねえ。どうでもいいから」


 ばっさりだ。どうやら永輔は、特に下級生の女の子たちからひそひそかっこいいと言われていることを知らないらしい。クラスメイトや私の友達からは「でかい図体のくせにガキっぽくてヤダ」と斬られているが、内面を知らない下級生から見たら大人っぽく見えるのだろう。


「芽依からの評価しか興味ねえ」


 切れ長の目をゆるく咲ませた彼に、私の顔の温度が上がった。こんなにかっこいい人が存在していいのだろうか。


「えいすけ、かっこいいね」


 笑いながらそう言ったら、今度は永輔が照れてしまった。「ずりい」と小さくつぶやかれて、よくわからないから「ふふ」と返す。


 長い間話し込んでいたから、立ち上がった頃には雨も止んでいた。真っ暗で、外灯がなければ足元すら見えない。お母さんにはちゃんとメッセージを送っているから大丈夫なはずだ。


「えいすけ」

「んー?」


 私と彼の手は、ばっちり繋がれている。前までは普通のつなぎ方だったが、いまは所謂『恋人繋ぎ』にステップアップした。


「ちゃんと、す、好きだから」


 そわそわしながら言うと、永輔が立ち止まって私を道路の端に引き留めた。真正面から私の両手を彼の両手で持たれ、どぎまぎする。


「芽依、俺の目ぇ見てもっかい言って」

「えいすけのことが好きだから、別れたいって言われてもいやって言う。これからも」

「それで?」

「だから、お付き合いが亀の歩みでも、呆れないでほしい。もし嫌になったら……それはそのとき考えるから、ちゃんと言ってね」


 よし、言いたいことは言えた、と一人満足して、永輔が呆然としていることに気づいた。


「えいすけ?」

「うん、芽依さん」

「なんでしょう」

「抱きしめても、いいでしょうか」

「……やぶさかでは、ない」


 ぎゅっと抱きつかれる。苦しいし、どきどきするけど、どこか嬉しくてくすぐったくて、全然いやではない。

 うん、全然、いやじゃない。


「そう言えば、なんであのコスモス畑のこと知ってたの?」

「高一のとき、芽依が『もし恋人ができたらお花畑に一緒に行きたい』って言ってたから探したんだよ」

「記憶力すごいね」

「だろ、もっと褒めろ」


 私も彼の背中に手を回した。


「永輔、かっこいい。さすが、私の恋人」

「愛する恋人のためだったら、意外とがんばる人間だよ」


 私の好きな人は、子どもだと思っていたら意外と大人で、でも私と同じくらいビビり症で、そこが可愛い、自慢のひとだ。


 かっこいいから好き、好きだからかっこいい、卵が先か鶏が先かは、藤ヶ谷芽依さんのみぞ知る。

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