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黒子七星


 読書をしていたらいきなり名前を呼ばれた。顔を上げると相手の顔が近寄ってきたので、いつものように目を閉じる。――が、なかなかその感覚は訪れない。


「ふふ」

「えっ、何、しないの」


 目を開くと、またも顔が近づく。彼の長い睫毛が綺麗に伏せられるのが見えた。ほんの少しだけ顎を持ち上げたが、鼻背の左横のあたりに小さくキスが落とされる。

 くちびるじゃないんだ、と思った次の瞬間、唇にやわらかい感触が降った。


「……何なの」

「そこにほくろあったっけ? と思って」

「産まれた時からある」


 気恥ずかしくなって本に目をやるが、そんなことも隣の男にはばればれらしい。


「キス待ってる顔もかわいいね」

「バカにしてる」

「してないよ」


 左隣からくすくすと笑う声がするから嘘だ。読書に集中できないのでやめてほしい。

 私が目を瞑っている間、そんなところを観察していたのか。心臓の下のあたりがむずむずする。


 この男と付き合ってもう五年目に入った。それなのに何を今さら恥ずかしい思いをしているのか。彼は、私の脈拍を上げるのが非常に上手くてムカつく。


「顔に何個あるか数えていい?」

「いいけど」


 彼の顔を真正面から見つめると、彼は「いち、にい、さん……」と数え始める。照れたら負けだ、と気を引き締めた。


「すげえ、七個もあるよ。ちっちゃいの合わせたら十一」

「いいから早く離れてよ、本読めない」

「恥ずかしがっちゃって」


 しっかりバレていたらしい。耳朶が熱い。人に顔面をじろじろ見られることなんてほとんどないし、その相手が好きな人だったら尚更だろう、と心の中で開き直る。


 顔のほくろ多いね、と言われた経験は、数えきれないくらいある。多感な時期に頻繁に言われたものだから、顔のほくろはしっかりと私のコンプレックスになった。それが意地となって自分で数えることはなかったが、そんなにあったのかとびっくりする。


 大抵はファンデーションとコンシーラーで隠しているから直哉は知らなかったんだろう。今はほとんどメイクをしていないし、肌が白いせいで余計に目立っていそうだ。自分で鏡を見ていても気にすることはないのに、彼に見られているとなると気になってくる。


「……化粧してくる」

「え? なんで」

「直哉に見られたら恥ずかしくなってきた」


 ソファから立ち上がったら、すぐに腕を掴まれて、彼の膝の上で向かい合わせになるように座らされる。直哉の顔が私より下にあって新鮮な気持ちになった。


「な、なに」


 両頬に手を置かれ、顔を固定される。なんなんだ。慣れない体勢と直哉の真っ直ぐな瞳のせいで、落ち着いていたはずの心臓がまた大きく音を立て始めた。


 彼は私を見つめていたかと思うと、鼻背の左横にキスを落とす。それから唇の少し上と、唇の左下二か所、右の眉毛の真上、とつぎつぎにキスを降らせる。

 いったい、何が始まったんだ。目をつむりながら考えて、ほくろの位置か、と気づく。

 全十一か所にくちびるを落とされ、恐る恐る目を開けた。私のほくろ、意外と顔じゅうにあるんだなあ。


「……もしかして、コンプレックスだった?」

「小学生の時の私のあだ名、『ホクロリンゴ』だったの」

「ごめん」

「いいよ、私が勝手に気にしてるだけだから」


 まだ顔は固定されたままだ。彼はなんだか申し訳なさそうな顔をしている。私のいやな思い出を掘り返してしまった、なんて考えていそうだ。

 私をどきどきさせたり照れさせたりするのが得意な彼は、私がいやな思いをしたと知るといつも私よりも悲しそうな、申し訳なさそうな顔をする。


 喧嘩の時にもそれが発動されて、しばしば「その表情に免じてやろう」と私が思っていることは内緒にしている。


「いや、全部かわいいからこれからも見たいんだけど、でも凛ちゃんが俺とかみんなに見せたくないなら隠してほしい、でも俺はかわいいと思ってるっていうことを伝えたい、どうしよう」

「ふふ、どうしようって何」

「かわいすぎて全部食べたいぐらいだし」

「カニバリズム?」

「ちげーし」


 笑いながら揶揄ったら、彼は私の背中に手を回し、ぎゅうっと抱きしめた。


「あー、凛ちゃんが小学生の時も絶対かわいかっただろうな、ムカついてきた」

「何に」

「かわいさに」


 直哉はいつも、私が一番かわいい存在みたいに扱ってくる。絶対にそんなことはないのに。目がおかしいんじゃないか、と指摘したら「両目とも裸眼で一.八あるんで」と真顔で返されたこともある。


 気が済んだのかソファに下ろされて、直哉の頭が私の肩にこてんと預けられる。意外と重い。座高に差があるのに、しんどくないんだろうか。


「うーん、どうしよう、凛ちゃんのうちでのデートの時はすっぴんでいない? いや、凛子が嫌ならいい」

「ええ、ずっと恥ずかしいと思ってきたからなあ」

「かわいいから見たい」


 食い気味に言われた。そこまで好きなら、今度からは化粧をしないで待っていよう。


「五年目なのにまだ凛子の知らないところがあるって楽しいな」

「たしかにね。もうお腹の中身まで見せたと思ってた」

「今の凛ちゃんのお腹の中身は、さっき食べた辛ラーメンだ」

「ぴんぽーん、大正解」


 窓の外を見たら、梅雨だと言うのに珍しく晴れていた。あとでお散歩に行こうよ、と提案したら、彼は「せっかくのほくろが隠れる」と残念そうにするだろうか。

 直哉が愛してくれるなら、今まで消したいと思っていたものまで愛したくなってしまいそうだ。


「やべえ、しょうもない駄洒落思いついた」

「なに」

「黒子七星」


 私がダサいから却下、と笑えば、彼もくすくす笑っていた。


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